スタートアップ企業よりスピーディな三菱重工の技術変革

2021-06-04
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2020年4月に三菱重工業株式会社(以下、三菱重工)のCTOに就任しました。私のミッションは、「三菱重工グループの技術基盤を変革し、将来の成長の礎を築く」ことです。

企業の技術変革といえば、多くの場合、自動化やコストの削減、システムのクラウド移行などを指します。これらの対応も必要ですが、いずれも企業の機能全体に広く関わるものではありません。現在、私たちが取り組んでいるのは、抜本的且つ広範囲にわたる技術変革です。

社内外で意見を交わす人たちは、技術変革が喫緊の課題であると認識していますが、一方で、日本の大企業では、抜本的な技術変革を達成することは不可能だとも言われています。そこで私は、「日本の大企業でも抜本的な技術変革が可能である」ことを証明してみせたいと思っています。

まず最初に着手したのは、正確な現状把握です。容易な作業ではありませんでしたが、結果として、当社の30~35の戦略的事業単位(SBU)の500以上の製品は、150ほどの要素技術をベースとしていることが見えてきました。当社では、これまでもタービンや圧縮機などの分野だけでなく、電化や人工知能(AI)などの分野においても、要素技術を十分に活用していましたが、改めて今後の世の中の展望を見直し、当社グループに必要な新技術を見極めたいと考えました。

そこで、有効な将来予測手法を用いて100を超える政治-経済-社会のメガトレンドを分析する「MHI FUTURE STREAM」を立ち上げました。この活動によって、基盤となる要素技術を200~250にまで拡張する必要性が示されました。

新たに必要となる技術の多くは、世界中の学術機関やスタートアップ企業に対して「テクノロジースカウティング」を行って見つけ出します。三菱重工では、起業家との長く実りのある関係を築くために、シード投資のための新たなシステムを導入し、コンセプトの検討段階から起業家を支援できる仕組みを構築しました。その有望な投資先の一つが、回収したCOと再生可能エネルギーからクリーン燃料を製造する米国企業のInfinium(インフィニウム社)です。

三菱重工 常務執行役員兼CTO 伊藤栄作
三菱重工 常務執行役員兼CTO 伊藤栄作

しかし、これだけではまだ十分とは言えません。社内を、抜本的に変革することが必要だと私は考えました。従来、三菱重工グループは、新たな一つの研究開発プロジェクトを、例えば3,000万円の予算で、1年という研究期間をかけて実施していましたが、これでは規模が大きくて動きが遅すぎます。そこで、昨年から、エンジニアに1/10の予算で、且つ、3ヶ月という短い検討時間で、トライできる仕組みを作りました。これを「仮説検証プロセス」と呼んでいます。この仕組みを使うと、同じ1年でも4回のチャレンジができます。そうすると、格段にうまくいく確率が上がります。大きなプロジェクトでは、課題を細分化して同時並行で検討を進めます。それも3か月ピッチです。わかりやすいキャッチフレーズとして、「スタートアップより速く!」と伝えています。なぜなら、我々はスタートアップ企業と違い、資金調達やオフィスの賃貸を心配する必要がないからです。その時間を研究開発に充てることができるのです。

私はこの方法で初年度に100~200のプロジェクトを立ち上げたいと考えていましたが、実際には500以上の提案があり、プロジェクトが立ち上がりました。特に、若手からのアイデアと創造性は素晴らしいものでした。たとえ上手くいかなくても結果はすぐに分かります。見込みのあるアイデアであれば、その結果を踏まえて、もう一度チャレンジすればよいのです。これまでに完了したチャレンジのうち約25%で、プロトタイプの製作までたどり着いたか、少なくとも、SBUの開発計画に組み込まれました。

まだ始まったばかりですが、既に、自律走行車-電化-熱マネジメント-新素材など、いくつかのコアテクノロジー群が出現しており、自動フォークリフトや自律走行ロボットの開発も進んでいます。これらの技術を応用すれば、陸-海-空-宇宙で活用できる無人機も作ることができるでしょう。CO2の回収では、三菱重工は世界をリードしていますから、炭素を地下に貯蔵する代わりに、他の製品の原料になるような有価物に変換できれば、"環境に優しい"製品として付加価値をつけることもできます。

また、電化とモーター、ターボチャージャー、移動式冷凍装置の知見を組み合わせれば、ワクチンなどのデリケートな製品のために、end to end のコールドチェーンを構築することができます。あるいは、レーザーを多用する未来の艦艇を想像してみてください。これには従来のディーゼルエンジンでは対応できない電力量が短時間で必要となりますが、当社のエネルギーマネジメントシステムなら、最高レベルの熱マネジメント技術と組み合わせて実現することができます。

言うまでもなく、私たちは研究を進めるうえで、研究活動が常に安全で倫理的であり、且つ、その研究成果も、現実社会に役立つよう意識しなければなりません。また、社内でそのためのルールを明確にする必要があります。これはグローバルな課題でもあります。今回、三菱重工が世界経済フォーラム(WEF)の第1回グローバル-テクノロジー-ガバナンス-サミット(GTGS)に参加し、議論することは、そういう問題意識が背景にあるからです。このような会議に参加し、重要な役割を果たす機会があることは、大変光栄なことです。

抜本的な技術変革を達成するまでには、まだ長い道のりですが、この1年で新しい一歩を踏み出しました。今後、大きく前進できることを強く確信しています。

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伊藤栄作

三菱重工 常務執行役員兼CTO

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