水素活用への道のり:貯蔵、需要の創出、規模の拡大

2021-11-24
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クリーンエネルギーとしての活躍が期待される、水素。そのポテンシャルは注目を浴び続け、1世紀以上にもわたって、その利用方法が議論されてきました。しかし、これまでの歴史を振り返ってみると、水素のポテンシャルを引き出し、有効活用できたことはありません。直近では2000年初頭にも、私たちは水素で苦い経験をしています。

しかし、その状況もこの5年間で、大きく変わり始めています。その理由は水素が、炭素を含まないエネルギーキャリア(=エネルギーを輸送するための手段)としてだけでなく、貯蔵用の媒体としても大規模に開発されるようになったためです。これこそが、従来の水素活用において欠けていた要素でした。貯蔵が選択肢として入ってきた今、私たちはこの万能な気体の可能性を最大限に引き出し、将来的には、エネルギーシステムのほか、排出量低減が困難な産業や運輸業界の脱炭素化を達成することができるでしょう。

そのため、最近の『水素の誇大広告』は大袈裟なものではなく、私は2050年までに世界がネットゼロを達成することが実際に可能であると確信しています。もちろん現状では、多くの課題がありますが、それらに対する政策もすでに用意されています。具体的には、世界30カ国以上が水素活用に向けたロードマップを発表し、700億ドルの公的資金を投入。エネルギー業界は約3,000億ドルを投資し、2030年までに200以上のプロジェクトを実施すると発表しました。さらに、McKinseyによれば、私たちが従うべきロードマップは比較的シンプルなようです。ここから詳しく見ていきましょう。

新規需要の創出と、水素バリューチェーンの構築

ロードマップにおける最初のステップは、新しい用途を通じて需要を創り出すことです。国際エネルギー機関(IEA)によると、現在、世界ではエネルギーミックスの4%にあたる年間約8,000万トンの水素が製造されていますが、そのほとんどが精製や石油化学など一部の工業プロセスのみでしか使用されていません。今後は、製鉄における天然ガスの代替、長距離輸送のための燃料電池トラック・バス・列車の製造、建物を暖房するガスパイプラインやボイラーでの利用、再生可能エネルギーの貯蔵など、水素の活躍の場を大幅に拡大する必要があります。

また同時に、よりクリーンな水素への置き換えも進めなければなりません。現在大部分を占めている「グレー」水素は、天然ガスから生産されており、炭素を排出しています。これを、発生源で炭素を回収する「ブルー」水素や、再生可能エネルギーを動力源として水を電気分解することによって生成される「グリーン」水素に置き換える必要があります。これらの水素への切り替えは、比較的容易に達成できるでしょう。

一方で、より困難、かつ重要なステップとなるのが、包括的な水素バリューチェーンの構築です。これは、今後10年間かけて取り組まなければならない長期的な課題と言えるでしょう。

この課題に対して三菱重工グループは、参画しているドイツ・ハンブルク州の水素ハブプロジェクト(=ハンブルク州の港湾や、船舶インフラ、地域のガスパイプラインなどをグリーン水素で脱炭素化しようという大型プロジェクト)を通じて、大きく貢献できるはずです。ハンブルク州のこれらの産業群は、水素製造の拠点またはパイプライン網に繋がっているため、例えば、ヨーロッパであれば、北海や北アフリカから水素供給を受けることができます。また、オーストラリアや中東のような低コストの水素生産拠点から、合成燃料を動力源とする「ゼロカーボン」輸送船によって入手することも可能です。その場合はおそらく、輸送に適したアンモニアの状態での供給となるでしょう。

さらに、水素による電力の貯蔵についても進展があります。例えば、太陽光発電や風力発電が急速に普及したため、一部の国では多量の再生可能エネルギーが生成されるようになりました。最近では、この余剰分のエネルギーを有効活用するため、当社グループが米国ユタ州で計画しているように、一旦、グリーン水素に変換して岩塩洞窟に貯蔵するような取り組みも進められています。水素は、蓄電池よりも長期間にわたって貯蔵できるため、必要に応じて電力を送電網に戻すことができるのです。電気を水素に変換して再び電気に戻すという工程により、多くのエネルギーを損失してしまうことは事実ですが、そもそも貯蔵できなければ、再生可能エネルギーが断続的に生み出す余剰エネルギーは、ただ破棄されるだけということを忘れてはなりません。

水素はエネルギーミックスにおいて、なくてはならないものになっています。
水素はエネルギーミックスにおいて、なくてはならないものになっています。

規模を拡大し、コストを削減

ロードマップにおける、もう一つの大きなステップは、コストの削減です。炭素を含まないクリーンな水素は依然として高価であり、現在の4~5ドル/kgから競争力のある1.5ドル/kgにまで引き下げることは困難です。ある程度は法令や補助金によって解決できるかもしれませんが、最終消費者のために、手ごろな価格にしていかなければなりません。その点を加味すれば、差金決済取引のような市場メカニズムや、他のエネルギー源との自由競争の方がはるかに効果的でしょう。しかし、最も効果のあるシンプルな解決策は、規模の拡大です。そのためには、上記で説明したステップの全てを、大幅にスケールアップする必要があります。そうすれば、価格はすぐに下がるでしょう。

三菱重工グループが、近年、英国で進められている実用規模での水素政策を歓迎する理由は、ここにあります。世界は今、手ごろな価格のカーボンフリーな水素を、少しでも多く必要としています。そんな現状において、より安価なブルー水素を優先することは、排出される二酸化炭素を一貫して管理できているのであれば、非常に理にかなっているのです。CO2の貯留や産業利用が積極的に推進されている国としては、英国、米国、ノルウェーなどが挙げられます。

私のチームでは、カーボンフリー燃料の合成による輸送・航空用燃料の開発などのカーボン系製品の開発や、アンモニアなど他の水素キャリアへの変換による効率の向上に取り組んでいます。私自身、機械工学についての研究や講義を行ってきたこともあり、時代の変化に立ち会えることを誇らしく思います。また、若く聡明なエンジニアたちが電気化学や人工知能のようなツールを使って、新しいエネルギービジネスを考えている姿を見ると、とてもわくわくします。全世界が目指す100%の脱炭素は、遥か遠い夢などではく、必ず実現できる。彼らの姿が、私にそう語ってくれるのです。

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エマノイル・カカラス教授

欧州・中東・アフリカ三菱重工(MHI-EMEA) NEXT Energy BusinessのExecutive Vice President

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