「グリーン水素経済」の実現に向けた協力

2021-11-16
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長年にわたって、風力や太陽光といった持続可能なエネルギー源の開発に取り組んできた欧州。その先駆的な取り組みは、クリーンエネルギーの一つである水素についても例外ではありません。すでに欧州では、再生可能エネルギー由来の電気を利用して水電解装置で水素を製造する「グリーン水素」のハブ(エネルギー供給における中心地)が各地に誕生しており、水素を活用したエネルギーの新しい未来が始まろうとしています。一方で、グリーン水素の大規模導入に弾みをつけるには、業界や政府、電力会社、エンジニア、その他多くのパートナーとの協力が鍵となります。

グリーン水素は、製造時に副産物がなく、燃焼時にも水しか発生しません。そのため、重工業をはじめとした電化が困難な産業分野の脱炭素化を進めるには、欠かすことのできないものだと考えられています。水素経済という考え方自体は目新しいものではありませんが、水素製造コストの改善や持続可能エネルギーへの転換ニーズの高まりなど、さまざまな要因が重なったことで、グリーン水素プロジェクトの規模拡大競争が始まっています。

志を同じくする者たち

このような協力の一つとして挙げられるのが、ドイツのハンブルク州で進められているグリーン水素ハブの開発です。参加しているのは三菱重工グループと、オランダの石油会社であるShell(シェル)、スウェーデンの総合エネルギー会社であるVattenfall(バッテンフォール)、現地のハンブルク州熱供給公社。これら4社は、石炭火力発電所の跡地を活用して、2025年までにグリーン水素を製造・供給・利用する事業がスタートできるかどうか、その実現可能性を共同で検討することについて合意しました。

4社は石炭火力発電所跡地を100 MW規模の水素プロジェクトへ転換することを目指している
4社は石炭火力発電所跡地を100 MW規模の水素プロジェクトへ転換することを目指している

このプロジェクトでは、ハンブルク州のモーアブルク地区に水電解プラントの建設を計画中。北海にある太陽光発電 (PV) 設備と風力発電設備による再生可能エネルギーを利用し、100 MW規模の水素製造プラントでグリーン水素を生産することを計画しています。これが完成すれば欧州最大級の水電解プラントとなり、中長期的には設備容量を500 MW以上に拡大することができると期待されています。

このプロジェクトの実現可能性調査では、水素製造設備と旧石炭火力発電所をうまく統合する方法が調査・検討されています。さらに、現地のガス供給公社が開発中の輸送インフラとの接続や、水素の貯蔵能力などについても調査予定です。この石炭火力発電所跡地に建設されるグリーン水素ハブが、いずれはハンブルク州の町全体に水素を供給し、この地域の産業と輸送システムの脱炭素化を実現する鍵となるかもしれません。そんな未来を見据え、エネルギー効率を最大化するために町の熱供給に余剰の熱エネルギーを活用するなど、水電解プラントから得られるあらゆる廃熱の利用方法についても検討されます。

「ハンブルク州の産業構造に組み込まれたグリーン水素ハブを構築することで、水素経済が現実のものであり、エネルギーシステムや重工業における脱炭素化に大きく貢献することをヨーロッパや世界に示しうるでしょう。」細見 健太郎三菱重工業㈱ 常務執行役員兼欧州・中東・アフリカ総代表

モーアブルク地区の水素ハブは、いずれはハンブルク州の町全体を脱炭素化できるかもしれません
モーアブルク地区の水素ハブは、いずれはハンブルク州の町全体を脱炭素化できるかもしれません

協力することで、活路を見出す

グリーン水素を導入する上での懸念としてよくあげられるのは価格面ですが、いま、状況は急速に変化しています。IHS Markitの報告書によると、製造コストは2015年時点から40%の削減をすでに達成しており、2030年までには他の燃料にも負けない価格競争力を持つ可能性があると予想されています。

現時点では、まだ手を出しづらい部分はあると思いますが、ハンブルク州のようなプロジェクトは周辺地域の産業全体を脱炭素化できる可能性を秘めており、その共通の目標に向けて様々な分野のパートナーが協力することで、活路を見出しています。

Hamburg Hydrogen Networkと呼ばれるそのつながりは、ハンブルク州のグリーン水素ハブの関係者だけで構築されているものではありません。そこには12社ものパートナーが集まり、水素の製造に必要な再生可能エネルギーの供給から、生産された水素が消費されるまでのバリューチェーン全体を構築しています。

このネットワークを活かし、水素の製造に必要なクリーンエネルギーは、町の北部にある陸上および洋上風力発電所に供給を依頼。生成された水素は、既存のインフラを利用して輸送され、この地域の大口顧客へと確実に届けることができます。世界的な鉄鋼メーカーであるArcelorMittal(アルセロール・ミッタル)に至っては、世界初の水素をベースとした鉄鋼製品の開発、という偉業をハンブルク州で実現しようとしているのです。

重工業、航空、港湾運送などの電化が困難な産業の脱炭素化を水素によって促進するためには、これらの産業群がハブの開発において重要な役割を果たす必要があります。マッキンゼーのHydrogen Insightsレポートによると、複数の潜在顧客の近くに先述の産業群を配置することで、規模の経済を実現し、水素製造コストを削減することができます。ハンブルク州のプロジェクトに参画すれば、協力企業はリスクを共有し、かつ、水素のバリューチェーン全体への投資も得やすくなるでしょう。

他にも、プロジェクトには解決すべき課題が数多くあります。例えば、モーアブルク地区の既存インフラをどれだけ利用できるのか、水素供給のために必要な物流チェーンと貯蔵オプションの整備は可能なのか、ハンブルク州のグリーン水素ハブを拡大するにはどのような政策が必要か...。しかし、ハンブルク州のハブに関わる企業は、生産から最終的な利用までのバリューチェーン全体で協力し合うことで、こうした課題を一つひとつ解決に導いています。

拡がる、エネルギーの未来

このプロジェクトが、電力を必要とする消費者が集まる産業中心地で行われているのは、偶然ではありません。10年以内に近隣の港に水素インフラを拡張して国際海運市場と結び、航空輸送ルートに接続することを視野に入れて、計画を進めていたのです。海上とのルートを作ることで、将来的には、モーアブルク地区と、より広い港湾地域の両方が、海上で水素の輸入を受けられるかもしれません。

ハンブルク州のハブは、ドイツ国内の他の地域、あるいは、国境をも超えた供給ネットワークを拡大するためのゲートウェイとなり、水素を活用したドイツの次世代の社会基盤となり得るでしょう。ヨーロッパには、他にも同様の産業群が各地に存在しています。中でも、ハンブルク州からイギリスのハンバー地域までのハブは、グリーン水素経済が直面している、高コスト・低密度、輸送時の漏洩リスクといった課題を克服するには最適な立地にあり、水素の可能性と新たなビジネス事例を世界に示してくれることでしょう。

欧州委員会は、EUの温室効果ガス排出量を2030年までに半減させる計画としており、欧州のエネルギーミックスにおける水素燃料の占める割合を、現在の約2%から今世紀半ばまでに13%超に増加させることを目標としています。

政府機関やエネルギー企業、その他多くの利害関係者が協力し合うことで、水素経済は現実のものになりつつあります。クリーンエネルギーの未来への旅は、すでに始まっています。

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ジョニー・ウッド

ジョニー・ウッド

ジャーナリストとして、15年以上にわたりアジア、ヨーロッパ、中東の世界各地で活動。多くの特集記事執筆のほか、数々の一流ライフスタイル誌や企業出版物を編集。

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