ハードウェア、ソフトウェア、人の統合:“ITO”の推進に向けて

2026-06-03
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三菱重工業は、技術を最大の強みとしています。当社の技術基盤は、機械工学・電気工学・化学工学といった複数の工学分野にまたがる700を超える技術で構成されており、流体力学や熱力学、コーティング、セラミックスなどの幅広い分野にわたる知見を有しています。さらに、溶接や鋳造、組み立てなど製造に関わる高度な技術も有しており、これらを組み合わせることで、世界でもトップクラスの複雑で重要な社会インフラを提供しています。

現在、私たちはこの技術ポートフォリオを、単に製品やサービスを開発・提供する基盤として活用するだけでなく、持続可能な成長を実現するための新たな経営手法「Innovative Total Optimization(ITO)」の推進にも活用しています。

ITOは、価値創出そのものを根本的に変革する取り組みです。この変革を進めるには、設計から調達、製造に至る縦のバリューチェーンの最適化と、30以上の事業部門にまたがる横断的な連携が不可欠です。こうしたグループ全体での最適化には円滑な情報共有が必要不可欠ですが、当社ではこれまで各事業が独立して運営されてきたという歴史的な背景から、事業間でのシームレスなデータ連携が難しいという課題があります。

全体最適の必要性は、ビジネスの観点から見ても明らかです。製品のライフサイクルコストの約80%は設計初期段階で決まる一方、工程が進むにつれて設計変更は飛躍的に難しくなります。このため、設計・調達・製造のバリューチェーン全体で、目標や要件を早期に共有する「フロントローディング」の取り組みが、コスト削減と品質向上を両立するために不可欠です。

当社では、「個別対応型」の手法から、仕様をあらかじめ定義し一元化したうえで、すべての社内ステークホルダー間で共有する「事前準備型」のモデルへと転換を進めています。これにより、製造を起点とした標準化設計、すなわち Design for X(DFX)が可能になりました。

研究開発の再構築:早く失敗し、より早く成功する

またトップダウンの取り組みとして、私たちは経済や社会の発展を左右する力や「メガトレンド」を分析する社内の取り組み「Future Stream」から得られた知見をもとに、将来の顧客ニーズを先読みし、モジュール設計によるマスカスタマイゼーション(MCMD)を推進しています。このアプローチでは、事前に顧客ニーズを見極めたうえで、共通化できる要素と顧客ごとに最適化すべき要素を切り分けます。これにより、共通部分を効率的に生産するとともに、差別化につながる領域に経営資源を集中させることが可能となります。こうした取り組みを通じて付加価値を高めるとともに、より多くの顧客に価値を提供することで、ITOの第2の柱である『領域拡大』につながっています。

MHI Future Stream
MHI Future Stream

2020年以降、私たちは研究開発(R&D)の在り方を抜本的に見直しました。限られた予算と厳しい期限のもとで小規模チームを立ち上げ、「素早く失敗し、改善を重ねる(fail fast and iterate)」手法を取り入れたのです。このアプローチは明確な成果を上げており、PoC(Proof of Concept)やMVP (Minimum Viable Product) の開発速度の向上と、新しい事業領域への進出やリードタイムの短縮、そしてコスト削減につながっています。

過去5年間において2,000件以上の仮説検証プロジェクトを実施した結果、20件を超える新規プロジェクトが次の段階へ進み、この内の複数案件が顧客からの受注につながっています。その一例が90MPa級超高圧液体水素昇圧ポンプで、これまでに20台以上の受注を獲得し、昨年から水素ステーションでの商用運転を開始しています。このようなアジャイルなR&Dのアプローチは、事業部門の垣根を超えて共有可能な技術を見出し、その展開を加速するものであり、ITOを支える重要な要素となっています。

The 90MPa-Class Ultra-High-Pressure Liquid Hydrogen Pump
90MPa級超高圧液体水素昇圧ポンプ

コングロマリットの強み

前述のとおり、MHIは30を超える事業部門、700以上の技術、そして500を超える製品を有しています。この多様性は、資源の有効活用という点ではリスクもありますが、実際には当社のコングロマリット構造こそが、技術の横断的な応用を通じて開発効率を最大化できるという大きな強みとなっています。

当社の各事業は、それぞれの業界における主要な競合他社と比べると相対的に規模が小さく、単独で競争した場合には競争力が劣る可能性があります。そこで私は、CTOとして「Shared Technology(ST)部門」を統括し、製品や事業の枠を超えて技術を開発・維持・蓄積し、グループ全体に横断的に展開しています。

当社の製品は、商船、ガスタービン、原子力発電設備、ロケット、戦闘機に至るまで多岐にわたりますが、そこには共通点があります。多くの構成要素を統合し、大規模かつ高度に複雑なシステムを制御し、さらに極めて高温・高圧といった過酷な環境下で運用される点です。

こうした特性を持つことから、これらの製品は共通の要素技術を適用して設計・製造することが可能になります。例えば、当社のガスタービンは、燃焼技術や流体技術に加え、人工知能(AI)を活用して構築されていますが、これらの技術はロケット、廃棄物焼却設備、圧縮機、ターボ冷凍機といった他の製品にも活用されています。

さらに、この強みを具体的に示す例として、ガスタービンの遮熱コーティングが挙げられます。ガスタービンは最高1,600℃にも達する極めて過酷な環境下で稼働しますが、こうした環境でも安定した長期運転を実現するため、タービン翼に遮熱コーティングが施されています。このコーティングは、当社の固体酸化物形燃料電池(SOFC)の開発を通じて培われたセラミック技術を活用して実現したものです。

このような迅速な技術展開は、MHIのようなコングロマリットならではの明確な強みであり、特定の事業分野に特化した企業が容易に真似できるものではありません。

ΣSynX:OTとAIの融合

急速なデジタル化とAIの台頭は、あらゆる企業にとっての課題です。私たちはこの課題に対して、当社の強みである通信、センサー、制御などハードウェアを機能させるための運用技術(OT)に関する長年の知見を最大限に活用することで対応しています。さらに、その強みをデジタル技術と融合させる取り組みが、ΣSynX(SigmaSynX)です。

三菱重工のデジタルイノベーションブランド「ΣSynX(シグマシンクス)」
三菱重工のデジタルイノベーションブランド「ΣSynX(シグマシンクス)」

ΣSynXは、デジタル技術を使ってさまざまな機械や製品、サービスをかしこく・つなぐことで新たな価値を創出するためのコンセプトです。名称には私たちの考え方が込められており、Σは“総和”、Synは“同調”、Xは“未来”を象徴しています。

AIや機械学習の進展によって自動化や高度化が進む現代においてもなお、社会の中心は今後も人であり続けることを前提に「人を中心とし、人と協調できる技術を開発する」といった想いを込めています。そのため、ΣSynXは特定の製品そのものではなく、価値創出に向けた指針となるコンセプトです。実際に、この考え方に基づく製品やソリューションはすでに複数の事業領域で実用化されています。

製鉄所における映像監視プラットフォーム「ΣSynX Supervision」や、発電所におけるソリューション「TOMONI®」は、設備の稼働状況や現場の映像を、中央制御室や遠隔地から監視することを可能にし、運用の効率化と省人化を支えています。また物流分野では、飲料倉庫向けに自動ピッキングソリューションを開発し、キリングループとの共同実証を通じて実運用倉庫に設備を導入。作業の自動化と省力化を支援しました。

ΣSynXではすでにAIを活用していますが、重要なのはそれが「フィジカルAI」、すなわち実在する設備やプロセスの状態を理解し、大量の運用データを分析することで、実際の運転や保全を最適化するAIであるという点です。

こうしたAIには大きな可能性がある一方で、それ単体で価値を発揮できるわけではありません。私は、AIの価値は、ハードウェアと人の専門知識を組み合わせることで最大化すると考えています。まさに、ここにMHIの強みがあります。すなわち、機械、制御、電気、デジタルといった技術を、ハードウェアと人の双方を含むシステムやプロセス全体にわたって統合することで価値を創出する力です。

「ハードテック」の世界での人材確保

私たちは、知的好奇心に富み、高いコミュニケーション能力を備え、チームの一員として成果を出せる人材を求めています。一方で、AIへの投資が拡大するにつれ、いわゆる「ハードテック」分野に充てられるリソースは減少しつつあり、製造業にとって不可欠な技術の確保が難しくなっています。また、それらを担う人材を育成する大学の教育機会も、日本のみならず世界的に限られています。

当社では、ハードテックの維持・発展が不可欠であり、それが当社の競争優位につながると考えています。工学の基礎を備え、機械やシステム全体がどのように動くかを理解したうえで、データ分析の活用を含むデジタル技術にも対応できるエンジニアを求めています。 

私たちの目的は、デジタル化そのものではありません。高い信頼性を備えたハードウェアに、デジタル技術や人の知見を掛け合わせることで、顧客価値を最大化することにあります。デジタル技術は手段であって、目的ではありません。真の差別化は、デジタルソリューションを、MHIの中核であるハードウェアの強みや、それらの双方を理解する「人」と統合することで生まれるのです。

大村 友章

大村 友章

大村 友章 三菱重工業 執行役員 Chief Technology Officer