操業108年。1,200隻を超える船舶を生み出した三菱重工下関造船所がつくる海上の未来【後編】 ~海の脱炭素化・カーボンニュートラル社会実現への挑戦~

2022-06-13
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現在、地球規模の課題である「CO₂削減」と「脱炭素社会」の実現に向け、海上交通や船舶のニーズは新たなフェーズに突入しています。

常に技術の向上と開発を続け、新たな分野へと取り組み続けてきた三菱重工下関造船所は、環境負荷の少ない次世代エネルギー「LNG燃料」を利用した船舶や、「カーボンニュートラル社会」の実現に不可欠なCCUSバリューチェーン構築のための「液化CO₂輸送船(LCO2船)」建造の先駆けとして注目されています。

CO₂削減、モーダルシフトによる時代の変化:海の脱炭素化への取り組み

地球温暖化の要因である「CO₂」の削減、そして「脱炭素社会」「カーボンニュートラル」の実現において、海事産業は重要な役割を担っています。

そのひとつが日本の国策でもある「モーダルシフト」。トラックで行われている陸上の貨物輸送を、環境負荷の小さい鉄道や船舶に転換することです。

物流で排出されるCO₂削減の切り札ともいわれており、下関造船所が国内トップシェアを誇る大型フェリーはその重要な担い手です。

実はフェリーは、旅客と一緒にトラックなどの輸送車を運んでいます。

輸送車をまとめてフェリーで運ぶことで、陸上輸送によって車両から排出されるCO₂の削減、長距離ドライバー不足の解消、ドライバーの労働環境改善に貢献しているのです。

大型フェリーは、旅客船としてだけではなく、海上輸送手段のひとつとして大きな役割を果たしている
大型フェリーは、旅客船としてだけではなく、海上輸送手段のひとつとして大きな役割を果たしている

今後モーダルシフトを推進していく上で、フェリーの需要はますます高まり、さらなる大型化が求められています。

下関造船所でも大型フェリーの建造が相次いでいます。

エナジートランジション:LNG燃料への転換

CO₂の削減にはモーダルシフトと併せ、「船舶自体が排出するCO₂を減らす」ことが必要です。

現在、日本で運航している大型船の燃料には石油から作られる「重油」を使用しています。

重油が排出するCO₂、SOx(硫黄酸化物:酸性雨の原因)、NOx(窒素酸化物:大気汚染・光化学スモッグの原因)の量は、脱炭素社会を目指す上で問題となっており、クリーンエネルギーと呼ばれる環境負荷が少ない燃料への転換が急務となっています。

環境への負荷が少ないエネルギーの中でも、LNG(液化天然ガス)は重油と比べ大幅にCO₂の排出量が少なく、SOx排出量はほぼゼロ。NOxの排出量も国際基準の範囲内となります。

船舶の燃料としてもすでに実用化段階にあり、現時点で最も理想的な次世代エネルギーとして期待されています。

2019年、下関造船所は他に先駆け、海の脱炭素化への第一歩となる、国内初のLNG燃料船の建造に着手しました。

国内初! LNG燃料フェリー「さんふらわあ くれない」を建造

2019年末に商船三井から受注したフェリーは、全長199.9m。

LNG燃料のみで運航可能な国内初の大型フェリーです。

旅客の志向の変化に合わせた豪華旅客船でありながら、CO₂排出量を25%削減、SOx排出量はほぼゼロ、NOxも80%近くまで削減可能な、時代のニーズに沿った船です。

受注から2年強の期間を経て、2022年3月3日に命名・進水式を迎え、国内初のLNG燃料フェリーとして命を吹き込まれました。

進水式は船が初めて水に浮かび、【船】として誕生する瞬間を祝う式典です。建造過程において一番重要なマイルストーンともいわれています。

巨大な船体が海へと滑り込む姿はダイナミックで華やかな一方、船を支える支鋼が切断される最後の瞬間まで、人の手による細かい調整が行われています。

巨大な船体を支える盤木を少しずつ外し、進水時間の直前まで微調整を行いながら準備が進められる
巨大な船体を支える盤木を少しずつ外し、進水時間の直前まで微調整を行いながら準備が進められる

当日は、新型コロナウイルス感染症の影響で見学者数などにも制限があり、いつもより静かな進水式となりましたが、天候にも恵まれ、無事、脱炭素化時代を担う最初の船としての一歩を踏み出しました。

エンジンは搭載されているものの船内の艤装工事は進水後に行うものも多く、進水時はまだ自力で航行することはできません。

進水後はタグボートが牽引し艤装岸壁へ移動します。

艤装岸壁では、下関造船所が誇る高い艤装技術によって、今回新たに開発されたLNGタンクなど全ての機能が設置され、インテリアなどの内装が施されます。

「さんふらわあ くれない」は、長距離フェリーでは初となるコネクティングルームを備えた豪華フェリーとして2023年1月に就航します。

LNG燃料を使うことで、フェリー運航時のエンジンの振動と騒音が激減し、静粛性が向上。重油独特の燃料臭もなく、旅客の快適性もアップします。

トラックの積載数も大幅に増加しており、2024年に施行されるドライバーの残業規制によるモーダルシフトへの対応も視野に入れた大型フェリーとして、大阪と別府間を繋ぎます。

発着地域での雇用の創出、地域経済の活性化への影響も期待されています。

LNG燃料船の今後の課題

脱炭素化社会の実現において不可欠な、船舶のLNG燃料への転換ですが、LNGの価格だけでなく、LNG燃料船自体の建造コストが割高なこともあり、船舶運航のためのLNG燃料供給インフラが整備されていないのが現状です。

しかし、エネルギー供給状況が厳しい中、多くの海運会社がLNG燃料船の建造を検討しており、

将来を見据え、LNG燃料船を増やすことで、LNG燃料インフラの立ち上がりを促進する方向性です。

今後、三菱造船は、こうした顧客や市場の動きを注視しニーズに応えることで船舶のLNG燃料への転換を推し進めていく予定です。

カーボンニュートラル社会実現に向けた新たな挑戦:液化CO₂輸送船(LCO2船)

現在、下関造船所では、世界初となるCCUS(Carbon dioxide Capture, Utilization and Storage)を目的とした液化CO₂輸送船(LCO2船)の建造に向けた検討も進められています。

CCUSは、カーボンニュートラル社会の実現において、CO₂の排出を防ぐことと同時に必要となる技術で、削減が不可能なCO₂を回収し、貯留・再利用する取り組みです。

その中で、回収したCO₂を貯留先・再利用先へと運びサイクルを繋ぐのが、LCO2船。

CCUSバリューチェーン構築に欠かせない重要な存在です。

LCO₂船は現在、世界に4隻のみで、食品添加物等に利用されるCO₂を輸送するための船です。

CCUSを目的とした大量輸送を可能とするLCO₂船は前例がなく、今回の建造が初の試みとなります。

下関造船所の持つLNG燃料フェリーの建造ノウハウをはじめ、これまでLNG・LPGガス輸送船の建造で培った高度なガスハンドリング技術を結集し、世界初となるLCO₂船の建造を行うこととしており、2023年後半に完成予定となっています。

液化CO₂輸送船(LCO₂船)のイメージ図
液化CO₂輸送船(LCO₂船)のイメージ図

三菱重工が目指す「海の脱炭素化」には、石油からLNGへ、そして、LNGから次世代のエネルギーへの変換が見込まれています。

これまでに蓄積してきた知見を通して、今後さらに多様化していくニーズを見極め、新たな技術の開発にいち早く取り組むことで、これからも、海上交通・輸送の面からカーボンニュートラルの実現に貢献していきます。

今回、進水式を迎えた国内初のLNG燃料フェリー「さんふらわあ くれない」の建造は、それを示す大きな布石でもあります。

100年以上に亘り培ってきた技術と時代への対応力、卓越した艤装技術を活かした高密度艤装船の建造など、今後も下関造船所にしかできない新たな船の建造が期待されています。

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木本陽子

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