国境を越える、ITER核融合炉プロジェクト
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“If you want to go fast, go on your own. If you want to go far, go together.” (早く行きたければ、ひとりで行け。遠くまで行きたければ、みんなで行け。)
南フランスで建設が進む、巨大なITER核融合炉。その開発において実現した国際協力がまさにこのことわざの通りだと、ITERの首席戦略官である大前 敬祥氏は述べています。
このITERプロジェクトは、米国、ロシア、中国、日本、韓国、インド、EUという7つの地域が横断した協力関係を築いています。世界最大のトカマク(太陽エネルギーと同じ原理を用いて、炭素を含まないエネルギーを作り出すために設計された磁気核融合装置)の建設に、いま、30を超える国々が協力し、プロジェクトの成功へと歩みを進めています。
「2025年に核融合炉が稼働すれば、国際協力において、地球上のどのプロジェクトよりも大きな成果となるでしょう。」と大前氏は話します。
では、なぜITERプロジェクトは、これほどまでに様々な国の科学者やエンジニア、行政担当者を巻き込んだ国際的な取り組みへと発展することができたのでしょうか。
核融合の本格的な活用
国際的な協力の鍵となるのが、今、全世界が共通目標としているネットゼロです。ネットゼロの実現のためにはクリーンなエネルギーが必要となりますが、核融合であれば、それらをほぼ無限に供給することができます。まさにエネルギー分野の究極の目標であり、そんな核融合の持つ可能性を示すために進められているのが、ITERのプロジェクトなのです。
このプロジェクトは、冷戦後、ソビエト連邦のゴルバチョフ書記長と米国のレーガン大統領の時代、それまでの対立から地政学的協力に変わり始めた35年前に始まりました。今日までにトカマク炉の科学的実現性は立証されており、今後は、実際にネットゼロの実現が可能であることを証明するために、前例のない規模でITER装置を建設し、稼働させることになります。ラテン語で「道」を意味するITER。その名の通り、世界がこれから進む道を、きっと指し示してくれることでしょう。
目標を共にする
先述のネットゼロ実現以外にも、プロジェクトに参加した国々(米国、ロシア、中国、日本、韓国、インド、EU)には、ある目論見があります。それは、この先駆的な取り組みに関わることで、技術的な知見を手に入れることです。ITER装置の建設、運営、廃棄にかかる費用は、各国で負担します。プロジェクトで示された核融合によるエネルギー確保の実現性に係る成果は、これらの国に限らず、全世界が享受するものとなるでしょう。しかしながら、20年におよぶ同装置の試験の成果は、プロジェクトに参加した国々だけが得られるものとなるのです。
「ネットゼロのようなグローバルな課題は、どこか一国だけで解決できるものではありません。我々は、7地域で協力して核融合エネルギーの実現に取り組んでいます。協力の意味するところは、すなわち、利益もまた共有されるということです。」と大前氏は話します。
ITERプロジェクトにおいて、どこか一つの国が主導権を持つことはありません。また、重要な決定を下す際に、国家間の対立もありません。各国が1つの目標に向かって努力する中で、建設的な議論を行い、意見の相違があれば解消し、プロジェクトが持っている課題を解決していくのです。
「私たちは互いに指示をしませんし、強制することもありません。課題に対して工学的な解決策があると信じ、話し合うのです。そこで重要なのは、必ずしもマネジメントのスキルではなく、リーダーシップかもしれませんね。」と大前氏は話します。
磁石大国の役割
7地域で費用を分担するといっても、その方法は現金による直接融資に限りません。実際に、ITER参加国の負担の約90%は、現金による直接融資ではなく、システムや部品の納入という形をとっています。
例えば、日本が担当しているのが、巨大なトロイダル超伝導磁石(トロイダル磁場コイル)。装置内にプラズマを含み、核融合反応を確実に起こすための強力な磁場を作り出すために必要になります。これは実際に使用される19個のコイルのうち、8個と予備分の1個を日本が提供します。磁石は一つあたり、高さ16.5メートル、幅9メートル(5階から6階建ての建物に相当する大きさ)で、重さは310トン。これまでに設計された中で、最も強力な超電導磁石です。
日本以外の国では、中国が6個のトロイダル磁場コイル導体を提供。ロシアは6個のポロイダル磁場コイルのうちの1個と、スイッチングネットワークやその他の様々な電気技術部品を製造しています。そして、米国は、トカマクの冷却システムやプラズマ性能を最適化するための診断システムに関する研究で貢献しています。
三菱重工グループは、日本の国立研究開発法人である量子科学技術研究開発機構(QST)と共同で、装置の主要部分を形成するトロイダル磁場コイルの製作に携わっています。日本が提供する8個のコイルのうち、当社は5個を提供します。すでに4個の製作が完了しており、現在5個目のコイルを製作中です。このコイル装置を作るためだけに、世界最大の5軸加工機が開発され、特殊設計の大型X線装置や超音波検査装置が原子炉容器の検査に使われました。
ITERは、2025年の初期稼働時を経てネットゼロ・エネルギーを生成する初の核融合炉となり、カーボンニュートラルの実現に向けて世界を前進させる可能性を秘めています。そして同時に、より良い国際関係構築の布石となってくれることでしょう。
「ITERの成功は、人類の科学技術力の証明となるだけでなく、どんなグローバルな課題でも国境を越えて協力することで解決できるのだということを、全世界に示すものになるのです。」と大前氏は言います。大前氏はそんな未来を、すでにその目で捉えているように見えました。
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