エナジートランジションの成功に向けた、米国の構想とは?

2021-09-09
fourth-of-july.jpg

これまで30年近くにわたり、米国やカナダで暮らしてきましたが、その間、気候変動を食い止めるために、政府や企業がエネルギー消費量の削減を試み、失敗する姿を幾度となく目にしてきました。現在でも、その難易度は変わりませんが、私はこの状況を楽観的に捉えています。その理由は、エナジートランジション(低環境負荷エネルギーへの転換)達成に向けた、実用的なモデルの開発に、世界中が動き出したからです。

今回は、米国におけるエナジートランジションの最前線に、フォーカスしていきます。

エナジートランジションを成功させる3つの要因

第1の要因は、テクノロジーです。過去の「クリーンテクノロジー」の取り組みは、アプリ用のソフトウェアを開発するのと同じように、スピーディな開発が可能で、かつ、設備投資のいらないものだと投資家たちの間で認識されていましたが、実際のところは、複雑で、研究の積み重ねが必要で、多くのハードウェアを必要とするものだという認識がようやく浸透してきました。巨大なプラントを設計し、試験し、運用し、設備を効率的に操業する知見も得なければなりません。これには膨大な時間もコストも掛かります。しかし、米国にはシリコンバレーという、世界中から優秀なアントレプレナー(起業家)人材が数多く集まるエコシステムが存在します。そして、今まさにそこにいるアントレプレナーや学者の熱い視線が環境技術に注がれているのです。

第2の要因は、気候変動リスクに対する社会的意識の高まり、あるいは気候変動を懸念する世間からの圧力です。この影響は、金融の世界にも浸透しており、ESG(環境、社会、ガバナンス)投資の大幅な増加として見て取ることができます。実際に、米国資産運用会社Dimensionalによれば、2021年第1四半期末時点で、2兆ドルもの金額が、4,500を超える世界中のサステナブルファンドに投資されています。しかし、その一方で、ESG改善に向けて明確な道筋を見出せていない企業が、数多くあることもまた事実です。そういった、体外的に求められる数値目標の設定や、気候変動に対する具体策の提示が出来ていない企業は、最終的に、この資本市場で取り残されることになるでしょう。米国、日本、韓国、EUなどの政府の取り組みと相まって、気候変動に対する意識は、それほどまでに私たちに浸透しているのです。

そして、第3の要因となるのが、資金です。今、何兆ドルもの資金がESG投資信託に集まっており、それに加えて、多くのベンチャーキャピタリストが、起業から間もない民間企業の支援に動いています。ブルームバーグによれば、2020年には、実に170億ドルもの投資が、米国の気候変動関連テクノロジーに対して行われました。米国のアントレプレナーが成功した暁に享受できる優遇税制と連携した、この米国のアントレプレナーを育むエコシステムは、世界中で最も優秀な人材を先端学術研究へと呼び込む力を持っており、さらに人と資本を繋げる最良のシステムと言えるでしょう。

エナジートランジションを促進する米国政府の役割

米国の政府機関は、ときに批判されることもありますが、重要な役割を果たし続けています。例えば、1992年より実施され続けている、風力発電に対する特別優遇措置(PTC)があります。この政策こそが、米国が現在、122ギガワットもの容量の風力発電を保有できている理由であり、その発電容量は原子力発電所100基超に相当します。他にも、トランプ政権によって拡大された「45 Q優遇税制」は、CO2回収技術に対する世の中の認識を一気に押し上げることとなりました。続くバイデン大統領も、これらの奨励策を維持、あるいは拡大すると考えられます。加えて、2兆ドルという大規模なインフラ政策を実施すると見られており、これは低炭素ソリューションへの期待と需要をさらに押し上げることとなるでしょう。

私たち三菱重工グループは、今、この米国の恵まれた環境を活用できる理想的な立場にいます。例えば、米国の電力会社が燃料を石炭から天然ガスへ、あるいは水素へと転換する中で、当社グループは、世界で最も発電効率が高く、かつ、水素を燃料として使用できるガスタービンを提供できます(現在の水素混焼率は30%、4年以内に100%専焼を目指す)。

また、CO2の回収という点においても、当社グループは世界でも有数の技術を保有しています。テキサス州の米国石炭火力発電所において、大規模な排ガス回収を実施しています。そして現在は、液体天然ガス(LNG)生産に導入されているガスタービンに適用するフロントエンドエンジニアリング・デザイン(FEED)のフェーズへとすでに進んでいます。

協力が常に鍵となる

テクノロジーは急速に進歩しており、2050年にどんな技術が世界を席巻しているのか、それを知る術はどこにもありません。そこで私たちは、エナジートランジションの先端技術の開発を進める企業に対する投資プログラムを2020年春に本社から資金を得てスタートしました。投資家の資金が、一民間企業の研究開発予算をはるかに上回る状況に鑑み、それら投資家の資金が入り、規模・スピード感をもって最先端の気候変動技術に取り組んでいる一流のベンチャーキャピタルやスタートアップ企業との対話を開始し、直ちに投資候補先の発掘に着手しました。そして、100件超の案件の中から当社の事業と親和性がある4件の投資を実行しました。グリーン水素、CO2フリーのタイヤ産業向けカーボンブラック、グリーンアンモニア、トラック・航空用燃料用途のエレクトロフューエルを生産する技術を開発中のスタートアップへの投資です。

三菱重工グループの目標は、これらのスタートアップと密に協力して、彼らの技術開発、設計、最適化、プラント規模の拡大に寄与することであり、さらに可能ならば、その技術を使って新たな利益の源泉を生み出すクライアントを見つけ出すことです。これが成功すれば、当社グループはCO2排出機器メーカーから、エナジートランジションを社会に根付かせ可能にならしめる"技術の導管体"へと、変貌することができるでしょう。もちろん、当社グループがテクノロジー主導の企業であることは、今後も変わることはありません。しかし事業の一部をサービス収益や、(当社グループおよびパートナーの)技術によるライセンス・ロイヤリティー収入、に依拠するアセットライトなビジネスモデルを採用することで、事業環境の変化が激しい時代でもより機敏な運営が可能となるのではないでしょうか。

確かに、エナジートランジションの成功までの道のりは困難なものでしょう。それは、まさに「ハード・テクノロジー」であり、実現には強固なバランスシートが必要です。しかし、150年以上前、三菱重工グループは、日本の産業革命を可能にしました。そう、私たちには、困難な道を乗り越えた経験がある。エナジートランジションの実現に不可欠な存在として、私たちなら、世界の未来を切り拓いていけると信じています。

Takajiro-Ishikawa.jpg

石川 隆次郎

三菱重工 常務執行役員 兼 米国三菱重工 社長