エナジートランジション – 人々にとって有益なエネルギー転換とは

2022-03-31
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2021年、欧州をはじめ世界中でガスの価格が急騰。日常生活にも甚大な影響をもたらし、世界は今、天然ガスや石炭といった化石燃料由来の電力に回帰する動きを見せています。エナジートランジションとは、ただ化石燃料を減らし、再生可能エネルギーに切り替えればいいという単純なものではない。その事実が、世界中に突きつけられることとなりました。電力部門の脱炭素化を進めるとともに、世界中の人々に安定したエネルギーを安全に供給する。ネットゼロを実現するには、このバランスを保ち続けなければなりません。もしこの均衡を無視すれば、何十億人もの生活が混乱に陥り、生活水準を悪化させる恐れすらあり、特に発展途上国の人々が大きな打撃を受けることとなるでしょう。

気候変動は、世界が取り組むべき喫緊の課題であり、特にエネルギー分野においては緊急かつ持続的な行動が求められています。国際エネルギー機関 (IEA) の公表した 「Net Zero by 2050」 ロードマップでは、「クリーンエネルギーへの移行は、全世界の人々の暮らしが守られた上で実行されなければならない。また、2030年までにすべての人がエネルギーを利用できるような仕組みづくりと連動して進めなければならない」と記されています。

エネルギー価格の変動

2021年に起きた天然ガスの供給不足と化石燃料の価格高騰は、エナジートランジションに向けてのロードマップをより具体的かつ現実的なものにする重要性を示唆しているでしょう。

昨年は世界各国で風力発電や太陽光発電などの再生可能エネルギーが急速に普及し、さらに化石燃料資産の棚上げが一部で起こったことで、エネルギー価格の乱高下をもたらしました。具体的には、再生可能エネルギー由来の発電量が想定よりも少なく、そのバックアップとして機能するべき化石燃料由来の発電容量も減少したため、供給が需要に追いつかない結果となってしまったのです。

発展途上国に深刻な脅威をもたらす、電力の供給不足や価格高騰
発展途上国に深刻な脅威をもたらす、電力の供給不足や価格高騰

これに対してエコノミスト誌では、「今の私たちの暮らしを続けるためには豊富なエネルギー資源が必要だと、今回の騒動が起きたことで改めて痛感した。豊富なエネルギーがなければ、これまでのような価格で電力を得ることができず、家庭では冷暖房を自由に使うことが難しくなり、企業は事業の失速に直面しかねない」と伝えています。

このまま電力の供給不足や価格高騰への危機感が世界中に広まれば、持続可能なエネルギーに反対する世論が形成され、エナジートランジションが停滞する懸念があります。エコノミスト誌では、そのような事態を防ぐためにも、2050年のネットゼロ実現に向けて現在の再生可能エネルギーへの投資規模が不十分であること、そして中長期的な視点で化石燃料からの移行が必要であることを指摘しています。

化石燃料に期待される役割

電気代の高騰や停電に対して、先進国ではその影響を受けながらも多くの人々がこれまでの暮らしを維持することができています。しかし、発展途上国における影響は甚大であり、電力不足によって暮らしだけでなく生命すらも脅かされる事態になりえます。

例えばアフリカでは、国連の統計によると現在も6億もの人々が電気を利用できない生活を送っており、電気が供給されている地域でもその多くが、頻繁な停電や高額な電気料金に苦しんでいます。これは、経済発展を妨げる致命的な状況と言えるでしょう。さらにアフリカの電力はほとんどが化石燃料によって賄われており、この状況が今後10年間は続くと見られています。

このような状況に対して、三菱重工グループ欧州-中東-アフリカ総代表の細見 健太郎は、「いわゆるエネルギーのトリレンマ(①より多くの人々に信頼性の高いエネルギーを提供し、②そのエネルギーを手頃な価格に維持し、③同時に炭素を排出するエネルギー源への依存を減らすこと)をクリアすることで、今後数十年間の産業発展への道は開かれるでしょう」と述べています。

既存のエネルギーインフラを維持することで、自然エネルギー発電の不安定な供給を補い、停電を防ぐ。このような手段をとることが、国によっては電力価格の安定やエネルギー安全保障、ひいては経済成長につながるでしょう。

一方、IEAの 「Net Zero by 2050」 ロードマップでは、世界のエネルギーミックスにおける化石燃料の割合は、今世紀半ばまでに5分の1にまで削減されると予想しています。残る20%の脱炭素化においては、CCUS(二酸化炭素回収-利用-貯留)や水素-アンモニアなどの代替燃料をどこまでスケールアップできるかが鍵となります。

多くのエネルギー投資家も、低炭素ソリューションを活用することで化石燃料への依存から脱却できると考えていますが、同時に、排出量ネットゼロを推進する上で化石燃料が果たすべき役割についても十分に理解しています。さらに、大手資産運用会社ブラックロックの会長兼CEOであるラリー-フィンク氏も、投資先のCEOに宛てた2022年の書簡の中で、「ネットゼロへの移行は、世界各国がそれぞれの変化を見せているため一様ではなく、一夜にして完遂されることはありません。エナジートランジションの期間には、手頃な価格のエネルギーを安定的に供給する必要があり、天然ガスなどの伝統的な化石燃料は、特定地域での発電や暖房および水素の生産において重要な役割を果たすでしょう」と記述しています。

ネットゼロ達成に向けた各国の動き

現在ネットゼロに向けて、再生可能エネルギーの活用が欧州を筆頭に次々に進められています。しかしながら、エナジートランジションにおいて、全てを解決できる万能なアプローチというものはありません。

例えば、欧州へのガス供給量が2番目に多いノルウェーを例に挙げてみましょう。ノルウェーでは、気候変動に対する自国の義務を果たすべく、電気自動車やCCUS、洋上風力発電などに多額の投資を行っています。

その上で、ノルウェー首相のジョナス-ガール-ストーレ氏は、フィナンシャル-タイムズ紙でこう語っています。「石油-ガス施設を突然停止すれば、ノルウェーにおけるエナジートランジションの障害となるでしょう。一方、他国に対して、ある日からノルウェーからの石油-ガスの輸出を停止すると言えば、各国はネットゼロ達成に向けて始めていた産業転換を止めざるを得ない状況になります。他国のためにも自国のためにも、私たちは施設の停止ではなく、環境に配慮した開発と転換を行おうとしているのです」と。

世界第2位の石炭生産・消費国であるインド
世界第2位の石炭生産・消費国であるインド

国連は『第8次持続可能な開発目標』の中で、各国の経済成長とともに、ディーセント-ワーク(働きがいのある人間らしい仕事)の実現を求めています。これらの目標を達成するためには、発展途上国の成長と発展の機会を妨げるような措置や政策を回避しなければなりません。

例えば、エネルギー資源に乏しく、世界第2位の人口を抱えるインドのような石炭依存国にとって、持続可能性への道のりはとても複雑なものになるでしょう。IEAによると、インドで今後20年間に予想される電力需要の増加に対応するためには、EU規模の壮大な発電システムを新たに追加する必要があるとされています。

インドでは現在、太陽光発電が飛躍的な成長を見せていますが、現時点では全発電量の4%にも及びません。これに対して、約70%を賄っているのが石炭です。国際的には段階的廃止が求められていますが、同国においては電力供給の基盤として、何百万人もの人々の生活を支え続けています。確かに太陽光発電のような再生可能エネルギーは、長期的には大きな可能性を秘めています。しかし残念ながら、短期-中期的に見れば、石炭からの脱却戦略としてはあまりにも非力と言えるでしょう。

インドのこうした状況を受けて、ブルッキングス研究所の非常勤上席研究員Rahul Tongia氏はフィナンシャル-タイムズ紙でこう語っています。「ガスなどの豊富な代替手段を持たないインドに成長と安全をもたらすためには、より多くのエネルギーが必要です。簡単に『石炭をやめよう』などと発言してはいけません。理にかなった代替手段があれば、石炭の使用は自然と減っていくでしょう」と。

脱炭素化によって地球環境を保全することと、現在および将来の需要を満たせるだけの十分な電力を確保すること、その2つのバランスをとるのはとても困難です。しかし、不可能ではありません。例えば再生可能エネルギーの余剰電力で水素をつくり、既存のガスタービン設備を一部改造した水素ガスタービン設備で燃焼させるなど、解決策はあります。私たちに本当に求められているのは、単なるエナジートランジションではなく、誰にとっても公正な転換の実現なのかもしれません。

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ジョニー・ウッド

ジョニー・ウッド

ジャーナリストとして、15年以上にわたりアジア、ヨーロッパ、中東の世界各地で活動。多くの特集記事執筆のほか、数々の一流ライフスタイル誌や企業出版物を編集。