データセンターから水槽へ:廃熱活用で地域の美食を育てる
日本の居酒屋で人気のメニューの一つに「ホッケ」があります。北海道沖の冷たい海で獲れるホッケは、日本の食卓に欠かせない魚で、濃厚な身と脂ののり、独特の香りが特徴です。そんなホッケを扱う試みが最近日本で始まりました。データセンターから出る廃熱を利用して、魚に適した水温を保つ完全閉鎖型の陸上養殖システムで育てる共同検証プロジェクトです。
このプロジェクトが成功すれば、「ホッケ養殖」の商業生産が可能になるだけでなく、データセンターが地域社会に貢献する新しいモデルとして注目されるでしょう。
熱の課題とその可能性
データセンターは大量の電力を消費するため、その中のサーバーから膨大な熱が発生します。この熱を取り除くために冷却が必要ですが、現在は多くの場合、その熱が大気中に放出されています。これはエネルギーの大きな浪費であり、環境負荷の軽減や地域社会への貢献が求められる中で課題ともなっています。

三菱重工業(MHI)データセンター&エネルギーマネジメント部長の五味慎一郎氏はこう話します。「データセンターは多くの環境課題に直面しています。当社は独自技術でエネルギー効率や騒音問題に取り組んでいますが、廃熱回収や雇用創出など社会貢献の面では業界全体が遅れています。陸上養殖は、これらの課題を解決する有効な手段になり得ると考えています」。
データセンターの廃熱を活用する取り組みは新しいものではありません。北海道美唄市のデータセンターでは「Snow Eel」プロジェクトとして、うなぎの養殖に廃熱を利用しています。また欧州では、余剰熱をマスの養殖や地域暖房、温室農業に活用する動きが進んでいます。

技術のポイント:衛生的な水管理
長野県岡谷市に拠点を置く水処理ソリューション企業、株式会社エーシングが開発した「POSC-RAS®(Perfect On Shore Closed Recirculating Aquaculture System)」は、この分野におけるゲーム・チェンジャーとなる可能性を秘めています。POSC-RASはオゾンを使った浄水技術で細菌や病原体を抑え、完全閉鎖型の陸上養殖を可能にします。これまで陸上養殖で課題だった頻繁な水交換の必要がなくなり、コスト削減と運用の効率化を実現しています。
このシステムでは魚の健康維持にワクチンや抗生物質を使わず、水質管理で健康を保ちます。そして成長に欠かせない水温管理には熱源が必要ですが、ここにデータセンターの廃熱が活用されるのです。
また、外部環境から完全に隔離されており、海に近い場所でなくても設置が可能です。内陸部の都市や山間部の町、工業地帯の遊休地(ブラウンフィールド)など、これまで魚介類の生産が難しかった場所でも養殖ができるようになります。
今回の協業を統括するMHIのDCEM部プロジェクト・ディレクターの丸山貴司氏は、「エーシングが持つ基盤技術を活かし、当社はエネルギー管理を中心に将来の事業拡大に貢献していきます」と語っています。
地元ブランドと雇用の創出
データセンター事業を推進する上で、地域社会からの理解を得ることが非常に重要です。クラウドコンピューティングや人工知能(AI)の普及でデータセンターの需要が世界的に増える中、オペレーターやサプライヤーは地域住民や自治体からの厳しい目にさらされています。電力消費や騒音、景観への影響といった懸念は、開発の遅延や中止につながることもあります。
岡谷市のプロジェクトは、どれだけの廃熱が必要かを見極め、最適な回収・供給方法を構築し、本格的な生産サイクルの確立を目指す実証実験です。
この養殖モデルは、電力、冷却、運用管理システムといったMHIが提供するデータセンターのラインナップに加わる新たな構成要素となる可能性があります。つまり、データセンターが単なるインフラ設備のみならず、地域経済や人々の暮らしに積極的に貢献できる存在になり得ることを示唆しています。
これまでホッケの養殖は成功例がありませんでした。しかし、このプロジェクトが成功すれば、このシステムの実現性を証明するとともに、日本各地の地域社会が独自のストーリーやブランド、市場を持つ魅力あふれた地元の食材を育てることにも繋がるでしょう。
五味氏は「魚の養殖は当社の専門ではありませんが、社会貢献はMHIの大きな使命です。日本の地方創生を後押しし、地域ブランドや雇用を生み出すと同時に、データセンターに対する地元の懸念を解消できるなら、ぜひ支援したい」と意気込みを語っています。
詳しくはこちら データセンターの脱炭素化・省エネ化