米国の可能性:グリーンテクノロジーを後押しするインフレ抑制法

2022-11-07
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三菱重工グループにとって米国は重要かつ成長が期待できる市場です。世界で唯一の20兆ドルを超える経済規模、安定した政治体制と基軸通貨であるドル、そして透明性の高い法制度の確立など強さの源は多くありますが、一番の強みは、ポジティブな 「Can Do」メンタリティを有し、起業家精神が旺盛な3億3,000万人の人口を擁していることでしょう。

米国は、三菱重工グループの高度な製品やサービスを受け入れる経済力のある市場であり、私はこの市場で成功できなければ、世界の他の場所で成功できる市場は多くないと考えています。

本年8月、米国でインフレ抑制法案(IRA:Inflation Reduction Act)が成立しました。同法案は最低法人税率の設定や薬価改定など幅広い施策を網羅していますが、特に、今後10年間、エネルギーと気候変動の分野で、税控除や補助金を通じ約3,700億ドルを投じるのが大きな特徴であり、米国が気候変動との闘いにおける世界のリーダーであることを改めて示したと考えています。同法案の全体の支出規模は約4,370億ドルで、日本の年間国家予算の半分に相当しますが、このような規模の財政支出を打ち出せる国は米国以外にはありません。

グリーンテクノロジーへのインパクトは大きい

クリーンエネルギー業界はこの2年間、バイデン政権が既存の税控除を延長することを期待していました。蓋を開けてみると、IRAは税控除の延長だけでなく、対象となる技術の範囲も拡げており、関連業界はIRAの成立を大歓迎しています。

ヒューストンにある北米統括拠点の米国三菱重工本社でもIRAの条項を分析していますが、IRAは、「MISSION NET ZERO」を掲げてエナジートランジションを推進している三菱重工グループ、および、我々のお客様にとって大きなメリットがあると考えています。

まずは、再生可能エネルギープロジェクトに対する30%の投資税額控除(ITC)の延長により、当社米国グループの一員で現在3ギガワットの太陽光発電所を開発しているオリデン(Oriden)社の成長が後押しされるでしょう。

また、ユタ州でのACES Delta-1プロジェクトをはじめとした水素を利用したエネルギー貯蔵プロジェクトを進めているオリデン社の親会社である三菱パワーアメリカ(Mitsubishi Power Americas)にも大きな恩恵が期待されます。さらには、これまで税控除の対象外だった発電を伴わないエネルギー貯蔵プロジェクトがIRAにより対象に追加されたことで、バッテリー蓄電業界の成長も加速するでしょう。

二酸化炭素回収・貯留(CCS)施設に対する既存の税控除(45Q優遇税制)も延長・拡大され、回収したCO2のトン当たりの控除額は50ドルから85ドルに引き上げられました。三菱重工グループは、世界有数の燃焼ガスからのCO2回収技術を保有し、世界各国でプラント建設に取り組んでいますが、IRAによりCCS技術がより一層普及すると期待されます。注意しておきたい点として、多くのCCS事業者は控除額を完全に相殺できるほどの十分な利益を上げられていない点がありますが、IRAで税控除の現金還付や課税所得のある企業に売却するオプションが導入されたことで、この課題についても克服できるようになりました。

水素エコシステム確立を後押し

グリーン水素の製造プロジェクトはコストの高さがネックとなっていますが、IRAによりキロ当たり3ドルの補助金が支給されます。これによりグリーン水素はグレー水素とほぼ同水準の価格となるため、温室効果ガスの削減が困難とされてきた産業(Hard-to-abate industries)や長距離輸送部門の脱炭素化を推し進めることになると期待されます。また、三菱重工グループにとっては、お客様のために、これから発展する水素エコシステム(製造、輸送、貯蔵、利用)のそれぞれの分野の最良の技術を統合する開発業者やスポンサーになる大きな機会だと捉えています。

また、IRAは、三菱重工グループが近年投資した米国のスタートアップ企業にも恩恵をもたらすでしょう。グリーン水素製造に関わる3社 -- メタンから水素と固定炭素を生成する技術をリードするモノリス(Monolith)社、熱分解でメタンから水素を生成する先進技術を有するC-Zero社、高効率な水電解装置を開発するエレクトリック・ハイドロジェン(Electric Hydrogen)社 -- はもちろんですが、グリーン水素と二酸化炭素から合成燃料を製造する開発しているインフィニウム(Infinium)社が開発している持続可能な航空燃料(SAF)もIRAの補助対象となっています。

米国における三菱重工のポテンシャルを最大化

最終的には、私たちはこれらの新たな技術を日本に適用することを狙っています。日本は、輸入化石燃料への依存度を下げるためにあらゆる手段を必要としています。すでに、当社グループでは、米国のオリデン社が進める太陽光発電プロジェクトへの共同出資を当社の重要なお客様である日本のユーティリティ会社に提案することで、お客様のカーボンフットプリントの削減を支援していますが、今後は他の分野でも同様の取組みを拡げていくことができると思います。

三菱重工グループの米国における主力事業はエネルギーですが、それ以外にも好調な事業が多くあります。パンデミックによりeコマースがブームとなったことで、当社段ボール製函機は、昨年度、前年比200%の成長を遂げました。Amazonなどのeコマース事業者が当社の機械を使って配送用段ボール箱を製造しているためです。今年および、その後2年間は、販売台数が3倍になる見通しです。同様に、物流機器のフォークリフト事業も好調です。三菱重工グループのフォークリフトは電動化により脱炭素化を進めていますが、同時に物流システムの自動化ソリューションにも取り組んでいます。足元では半導体不足が物流機器の製造に影響を及ぼしていますが、旺盛な物流需要に対応すると同時に、人手不足などの物流業界のさまざまな課題解決に貢献できるでしょう。

その他に成長が期待できる事業として、空港向け全自動無人運転車両システム(APM: Automated People Mover)もあります。今年1月には、当社APMの高い稼働率・安全性・信頼性が評価され、マイアミ国際空港向けAPMシステムの更新や車両製造を当社グループと住友商事の共同出資会社が受注しました。また、産業機器では、三菱重工グループのプライメタルズ・テクノロジーズ(Primetals Technologies)社がヨーロッパで開発している、水素をベースとする製鉄用鉄鉱石の直接還元技術を導入したいと考えています。

米国は、三菱重工グループにとって事業拡大のポテンシャルに溢れており、かつ、日本やアジアに持ち帰れる新技術にアクセスし開発を進めるための理想的な国です。特にIRAは今後何年も当社ビジネスの戦略的な後押しになるものであり、IRAの活用は当社にとって必要不可欠だと確信しています。

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石川 隆次郎

三菱重工 常務執行役員 兼 米国三菱重工 社長

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