エネルギーのトリレンマとは?―エネルギー業界における3つの課題

2021-02-02
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COVID-19の大流行は、世界中に計り知れない悲しみと困難をもたらしました。しかし同時に、社会や産業の構造に大きな変革をもたらしていることも事実です。今年のダボス・アジェンダでは、COVID-19のもたらす破壊的な影響と戦いつつ、いかにしてその変革を加速させられるかに焦点が当てられました。より強靭で持続可能な新しい経済システムを形成するために、世界中の結束をこれまでにないほどに強化することが求められているのです。その中でも、エネルギー業界は世界経済に大きな影響を与えるものであり、エネルギーに関する取り組みのわずかな変化でも、我々の経済に大きな変化をもたらすことが予測されます。例えば、2020年は社会的・経済的活動の制限により、エネルギー使用量が大幅に減少しました。また、世界の総発電容量の増加分のうち、約90%が再生可能エネルギーによるものとなりました。そして、カーボンニュートラルに資する燃料や技術の開発も大きく進みました。しかし、これらはほんの序章にすぎません。今、エネルギー業界は「エネルギーのトリレンマ」と呼ばれる3つの課題に直面しています。この3つとは、1.エネルギー安全保障の確保、2.安価でクリーンなエネルギーへの公平なアクセス、3.持続可能な地球環境の実現、という、ときに相反する3つの課題を指します。それでは、三菱重工はこの3つの課題に対してどのように向き合うべきでしょうか。ここからは、それらについて詳しく述べていきます。

1. エネルギー安全保障の確保

我々は現在および将来のエネルギー需要を満たすための準備をどの程度進められているでしょうか。自然災害などの予期せぬ事態が発生した際、電力供給の停止を未然に防ぎ、停止した場合には迅速に復旧する策があるのでしょうか。

エネルギー安全保障とはすなわち、ひとつのエネルギーソリューションに過度に依存しないことで実現されます。例えば、風力資源の豊富な国にとって、環境への影響と経済的負担という両面で、風力が最良の電力源となるでしょう。しかし、風は吹くときもあれば吹かないときもあるように、再生可能エネルギーだけではエネルギーの安定供給は難しいのが現実です。エネルギー安全保障の観点からは、そうした再生可能エネルギーの不安定さを補うため、複数のエネルギーソリューションを組み合わせてバランスをとる必要があるのです。

例えば、2020年には、欧州連合(EU)の環境問題に関する政策のように、水素エネルギーの本格的な活用推進において画期的な進展がありましたが、これと並行して、大規模バッテリーを含む様々なタイプのエネルギー貯蔵技術の開発と商業化も注目されているのは、エネルギー安全保障の確保に向けた動きの一環です。

電力網の安定化を考える上では、火力発電など従来式発電所の存在も忘れることはできません。これまで使用していた化石燃料に変わり、再生可能エネルギー由来の水素を燃料としたり、またはそのような水素と天然ガスを混焼する形に転換していくことで、脱炭素化が促進されます。また、環境への影響を最小化するため、デジタルツールを活用して発電所をより効率的に運転することや、タービンの性能改善、CO2回収・利用・貯蔵(CCUS)設備のさらなる追加なども進められています。

原子力発電所については、現在用いられている核分裂反応炉、そしてゆくゆくは主力となるであろう核融合炉の開発も含めて、ベースロード電源としての原子力利用についてもしっかり考えていく必要があります。核融合炉の開発に関する次のマイルストーンは、2025年に稼働するITER実証プロジェクトです。このプロジェクトでは、三菱重工が開発・製造を行った300トンもの巨大な磁場磁石が、南フランスの核融合実験炉「ITER」の中枢を担っています。

2. エネルギーへの公平なアクセス

世界を広く見れば、信頼性のある安価なエネルギーに誰もが平等にアクセスできているわけではありません。社会の電化の動きは、特に新興国で重要になっています。

国連の予測によると、現在の進捗率では、2030年(国連が設定した持続可能な開発目標(SDGs)において、普遍的なエネルギーへのアクセス、を達成する目標年)にも約6億2,000万人に対する電力供給が不足するとされています。また、この試算では、COVID-19が新興国経済に与える影響は考慮されていません。

この問題を解決するために必要なのが、天然資源と地域住民のニーズに合わせたエネルギーソリューションです。例えば三菱重工は、ケニアの電力会社と共同で、同国の地熱エネルギーを利用した事業に貢献しています。これは、複数の国際機関からの資金提供により、推進されています。また、三菱重工が提供する、再生可能エネルギーと蓄電池および予備発電機を組み合わせたトリプル・ハイブリッドのような分散型ソリューションは、新興国の支援につながっています。

これ以外にも、エネルギーへの公平なアクセスという課題解決のため、三菱重工は、ニューサウスウェールズ大学とパートナーシップを組み、取り組んでいます。ここでは、経済的、社会的、環境的に競合する課題を科学的に吟味し、各地域にとって最適なエネルギーミックスを提示するスキームを開発しています。比較的小規模な都市において、このアプローチを採用すると、より地域の実情に合った形で、かつ、より公平な形で、エネルギーミックスを実現することができるのです。

3. 持続可能な地球環境の実現

COVID-19の蔓延にもかかわらず、気候変動に関する問題は世界的に取り組むべき課題であり続けています。エナジートランジションは気候変動を緩和するための鍵ですが、これは「すべてを再生可能エネルギーにする」ということだけで達成されるような簡単なものではありません。

例えば、製造プロセスにおいて莫大な熱量やガスが必要とされる重工業のような産業では、再生可能エネルギーがどんなに豊富であっても、ほとんど利用できていません。

このような産業においては、水素、CCUS、合成燃料を含む様々な代替エネルギーソリューションが、再生可能エネルギーと並んで重要な役割を果たそうとしています。

例えば、製鉄所では産業熱源や酸化鉄の還元手段として水素利用への転換が期待されています。セメント産業にとっては、パリ協定に基づいた大幅なCO2排出削減を達成するためにCCUSが、事実上唯一のソリューションと考えられています。また、厳しいCO2規制に対応するためには輸送時の対策も必要で、アンモニア、メタン、メタノールを輸送燃料として活用しつつ、これらと併用できるCO2回収システムを船舶に搭載することも検討されています。

近年、「エネルギーのトリレンマ」として上記にあげた3つの課題のうち、第3の課題、すなわち持続可能な地球環境の実現が大きく注目されてきました。しかし、COVID-19後の世界で各国経済が不況に陥る中、経済回復を急ぐために、すべての人々に対して、信頼性が高く安価なエネルギーの供給を急がなければならないのです。

それを実現するには、すべての国・都市・産業にそれぞれ適した天然資源と独自のエネルギー需要があることを認識しなければなりません。エネルギーのトリレンマの各課題に答える形で、地域の実情に即したエネルギーを確保していくことが、持続可能な地球環境の実現に繋がるのだと考えます。

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宮永俊一

宮永俊一

三菱重工 取締役会長

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