エナジートランジションで期待されるアンモニアの役割
電力市場では、アンモニア利用を巡る議論が活発化しています。
世界のエネルギーシステムがネットゼロを達成する上で、水素が重要な役割を果たすことはよく知られています。しかし一方で、アンモニアは水素の代表的な化合物であり、2050年には市場規模が3倍に拡大すると予測されているにもかかわらず、カーボンニュートラルという側面においてはこれまで大きく注目されることはありませんでした。
アンモニアは、燃焼時にCO2を排出しません。また、貯蔵・輸送・利用を効率的に実施可能であり、さらに水素と窒素に分解することもできるため、循環経済を実現させる可能性を秘めています。その上、水素キャリアとしてだけでなく、アンモニア自体も燃料として利用することが可能です。この多様な特性により、世界のエネルギーセクターが急速かつ大規模に転換を進めていく上で、非常に大きな役割を担うことが期待されています。
このように、現在では脱炭素の観点でも注目されるアンモニアですが、商用利用の歴史は実は新しいものではありません。1909年に初めて合成が成功して以来、世界で広く利用されており、特に2,120億ドル規模の世界市場を有する肥料の原料として、今日でも多くのアンモニアが用いられています。81億人という世界人口の食料安全保障を支える以外にも、樹脂や合成繊維、医薬品などの分野でも古くから利用されています。
アンモニアの大いなる可能性
世界中でネットゼロに向けた取り組みが進められる中、再生可能エネルギーは2025年には世界の発電量の35%を占めるという見通しが国際エネルギー機関から発表されました。しかし依然として、再生可能エネルギーには安定供給の確保という課題が残されたままです。発電する側では太陽光や風の出力をコントロールすることができないため、エネルギー供給網の安定性が維持できないおそれがあるのです。
そこで、この課題解消に期待されるのがアンモニアです。アンモニアは、グリーン燃料のさらなるオプションとして、供給網の安定性確保とエネルギー安全保障の強化に貢献できる可能性があります。2050年には電力需要が少なくとも75%増加すると見込まれていることを踏まえると、アンモニアはこれからますますの拡大が期待される化学物質であると言えるでしょう。
アンモニアを発電に利用する方法は大きく2つです。ひとつは直接燃焼させる方法で、もうひとつはクラッキングする方法です。クラッキングの場合は、アンモニアを分解して水素を取り出してから、水素燃焼ガスタービンに利用することとなります。
また、アンモニアは水素よりもエネルギー密度が高いため、貯蔵や輸送が容易であり、複雑化が進む現代のエネルギーシステムに非常に適しています。加えて、アンモニアは既に肥料として広く利用されていることから、確立されたサプライチェーンとインフラが世界中に張り巡らされています。このため、今後アンモニアの利用を拡大する際には、改めて物流の構築が不要となるメリットがあります。
一方で、電力需給のギャップを埋めるためのさらなるコラボレーションが急務となっています。現在、世界中で約7億5,000万人もの人々が電気のない生活を送っています。発電におけるアンモニアの活用をさらに進めることは、このギャップに対処し、CO2排出量を削減しつつ国連の持続可能な開発目標(SDGs)の1つを達成することにも繋がると期待されています。
アンモニア発電の導入に向けた取り組み
アンモニアを発電に利用する機運は間違いなく高まっており、さらなる研究開発や共同事業が計画されています。
世界有数の貿易国で大規模な港湾を有するシンガポールは、発電・港湾分野での脱炭素化に向け、理想的な水素キャリアであるアンモニアの利用促進を目指しています。2022年12月には、同国初のアンモニア発電・燃料供給事業が政府により立ち上げられました。
電力市場におけるアンモニア発電の割合は現時点ではまだごくわずかですが、政策支援が増加すれば状況が変わる可能性があります。EUが発表した「Fit for 55」は、炭素国境調整メカニズムなどの施策を通じて温室効果ガスを削減するための政策パッケージです。これにより、再生可能で低炭素なアンモニアの開発・利用が奨励され、アンモニアの発電利用の促進も期待されます。
また、米国エネルギー省が推進する「水素ショット」イニシアチブも、2030年までに製造時の水素のコストも含んだクリーン水素としてのコストを80%削減して、1キロ当たり1ドルにすることを目指しています。
アンモニアを利用する上での注意点
以前からアンモニアを取り扱っている市場では、アンモニアに毒性と可燃性があることはよく知られています。しかし現在、アンモニアを新たな用途で取り扱うケースが増えていることから、ステークホルダーが安心して取り扱えるように、安全性に関するガイダンスを策定する必要があるでしょう。
また、サプライチェーンにおいて、アンモニア燃焼時に発生する窒素酸化物の1つである亜酸化窒素の排出にどう対処していくかも重要です。なぜなら、100年単位で見た場合、亜酸化窒素の地球温暖化係数はCO2の273倍となるからです。サステナビリティを目標に掲げる企業にとっては、この課題を解決していくことも大きなポイントとなります。
アンモニアはエナジートランジションの特効薬というわけではありません。しかし、アンモニアを発電に最大限活用する方法を模索していくことは、2050年までにネットゼロを実現する上での重要なピースのひとつなのです。
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