脱炭素化の切り札:彩り豊かな水素

2022-09-05
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「Green(グリーン)」。この言葉は、もはや色を表すだけのものではなくなりました。グリーンエネルギー、グリーン家電、グリーン投資...。「グリーン」という言葉は別の名詞と組み合わさることで、「地球環境に良い」ことを意味するようになったのです。「グリーン水素」も、そうして生まれた言葉の一つ。温室効果ガスを排出することなく生成された、環境負荷の低い水素を指しています。エナジートランジションを推進するためには欠かせないこのグリーン水素ですが、現状ではその生産量は限られています。では、2030年までに世界で求められる需要に100%応えるためにはどうすればよいのか。グリーン水素が不足するなら、他の水素を生産すればいい。世界では、今、ブルーやイエロー、ピンクやターコイズなど、様々な色をした水素の製造が始まっています。

彩り豊かな水素とその製造方法

様々な色といっても、水素自体は無色透明で、気体がカラフルに彩られているわけではありません。水素の製造方法を区別するために"色分け"されたものです。ここからは、グリーン水素をはじめとした彩り豊かな水素の一つひとつを、少し詳しく見ていきましょう。

  • ブラック水素/ブラウン水素

ブラック水素は石炭を、ブラウン水素は褐炭 (亜炭) を使用した伝統的な製造方法で生成される水素です。これらの製造過程では、大量の二酸化炭素と一酸化炭素が大気中に放出されてしまうため、利用は制限されることが望ましいとされています。しかし、国際エネルギー機関 (IEA) によれば、2020年の調査でも、いまだに全世界の水素生産量のうち約20%という膨大な量をこれら石炭由来の水素が占めています

  • グレー水素

天然ガスを原料とする水素です。IEAによれば、現在最も一般的な製造方法で作られる水素であり、その生産量は全世界の約60%にのぼります。このグレー水素の製造過程では、ブラック水素やブラウン水素に比べ、二酸化炭素の排出量を大幅に抑えることができます。

  • ブルー水素

製造方法はグレー水素と全く同じです。ただし、ブルー水素は、生成時に発生した二酸化炭素を大気中に排出することなく、回収します。回収された二酸化炭素は、安全な場所に貯蔵されるか、あるいは、産業目的で原料として使用されるため、大気中に二酸化炭素を排出することはありません。そのため、グレー水素よりもさらに環境に配慮した水素といえます。さらにブルー水素は大量生産が可能というメリットもあり、世界の脱炭素化を支える存在として今後の活躍が期待されています。

  • グリーン水素

製造には、水を電気分解することで水素を取り出す方法を用います。その中でも特に、太陽光や風力などの再生可能エネルギーを使って電気分解したものを区別して、グリーン水素と呼んでいます。製造過程で炭素が一切生成されないため、最も理想的な水素といえるでしょう。ただ残念ながら、大量生産が難しく、高価で取引されているのが現状です。そのような状況を打開すべく、世界で約350ものプロジェクトが進行しています。

環境負荷の低い水素に移行するためには、大量生産を実現するための技術的あるいは経済的な支援が欠かせません
環境負荷の低い水素に移行するためには、大量生産を実現するための技術的あるいは経済的な支援が欠かせません
  • イエロー水素

グリーン水素のうち、太陽光発電によって得られた電気を利用して生成したものをイエロー水素と呼びます。なお、イエロー水素は、再生可能エネルギーと化石燃料の両者を用いた電気分解で生成された水素を指すこともあります。

  • ピンク水素

グリーン水素のうち、特に原子力発電によって得られた電気を利用して生成したものをピンク水素と呼びます。ピンク水素が商業的に取引されるようになったのは、ごく最近の2022年1月。スウェーデンの原子力発電所が、工業ガス大手のリンデに世界で初めて供給しました。なお、ピンク水素は、パープル水素やレッド水素と呼ばれることもあります。

  • ターコイズ水素

炭素化合物を一切排出しないグリーン水素と、製造過程で発生した二酸化炭素を産業利用するブルー水素。ターコイズ水素は、その両方の特性を併せ持っていることから、その名が付けられました。具体的にはメタン熱分解と呼ばれる方法を用いており、天然ガスのメタンを水素と固体炭素(カーボンブラック)に分解して生成されたものを指します。副産物であるカーボンブラックは、これまでも自動車のタイヤやコーティング剤、バッテリーなど、産業用途で幅広く重宝されてきた原料であり、メタン熱分解という方法自体は目新しいものではありません。実際、商業規模のプラントも、すでに世の中に存在しています。この製造方法であれば、生成過程で生じたカーボンブラックを産業利用でき、二酸化炭素は一切排出せずに水素を生成することができます。

  • ホワイト水素

人工的に製造されたものではなく、地下の堆積物中で自然に生成された水素です。以前からその存在は知られていましたが、近年、これまで推定されていた以上の水素が地中に眠っていることが確認されました。井戸を掘るように地中を採掘することで比較的容易に入手することができ、西アフリカのマリ共和国では2012年から、すでに地中に眠るこの水素を活用しています。他にも、ブラジルやオーストラリアなど、世界各国が地中水素の活用に乗り出しています。さらに、大学や企業の研究-政策機関のネットワークであるScience Businessによれば、コストパフォーマンスも非常に高いようです。ホワイト水素の製造コストは、水素のなかでも安価で取引されているグレー水素を下回る、1 kgあたり1ドル以下になるものと考えられています。地中に大量に貯蔵されており、かつ、より廉価で生産できるホワイト水素。ただし、世の中での利用を広めるためには、採掘にあたって環境に及ぼす影響について、もう少し詳しく調査する必要があるでしょう。

  • ゴールド水素

枯渇した油井内の微生物を発酵させることによって生成される、天然に存在する水素です。ゴールド水素が活用されれば、安価な水素供給の手段が増えるだけではなく、本来であれば座礁資産として放置される可能性のある油田の寿命を大きく延ばすことができるのです。ただ、ゴールド水素の製造および抽出プロセスは二酸化炭素回収法に依存することになります。

彩り豊かな水素が描く未来

「脱炭素化を進めたくても、産業規模や経済的な理由から化石燃料を簡単には手放せない国や工業分野も多い。そうした人々にとって、水素や水素由来の燃料は、希望の光となってくれるでしょう」。IEAはこのように述べています。

残念ながら現時点では、水素の供給量の大部分は化石燃料由来が占めています。しかし、大事なのは今後の10年間です。2030年までの間に、より炭素排出量が少ない色の水素にどれだけ移行できるか。ネットゼロの達成という高い目標を全世界で実現するためには、政府や生産者、テクノロジー企業、そして消費者の協力が欠かせません。彼らが手を取り合うことで好循環を生むことができるはずです。

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アンドレア・ウィレッジ

コミュニケーションのプロフェッショナルとして20年以上活動。テクノロジー、エネルギー、エンジニアリング関連など、多数の一流企業のコンテンツを制作。

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