トリレンマの解消:アジアのエナジートランジションをいかに進めるか

2025-04-25
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世界における脱炭素化の道のりは岐路に立たされているように感じています。近年、ドバイやグラスゴーで開催されたCOP (気候変動枠組条約締約国会議) などの世界的なイベントで示されてきたポリシーメーカー(政策立案者)や企業、投資家の強い思いが失われつつあるように思います。

それらは、金利上昇や経済成長率の低下、地政学的緊張の高まりといった厳しい現実によって変化しています。米国では、新政権が気候変動への対応方針を急速に転換し、化石燃料の使用再開を積極的に推進しようとしています。欧州でさえも、炭素取引などの主要な気候政策の一部を縮小し始めています。

この動きは私が注力しているアジア太平洋地域にも影響を与えています。この地域の発展途上国の多くでは、人口の増加に伴いエネルギー需要が増え続けています。この旺盛な需要に対して、安価でクリーンなエネルギーを安定的に供給するという「エネルギーのトリレンマ」の解消に取り組んでいます。

私はこの1年間、シンガポールを拠点にASEANの主要国を複数回訪問しました。それぞれの国が特有の資源を持ち、固有の課題を抱えていますが、多くの国ではエネルギーの安全保障よりも経済性がより重視され、さらに迅速な脱炭素化への取り組みの優先度は3番目に位置づけられているという印象を強く持ちました。

それ故に、私たち三菱重工グループを含む民間企業は、アジアの国々が、こ の3つの要因のバランスを保ちながらトリレンマを解消するために、どのように貢献できるかが問われています。

問題解消へのステップ

最初のステップは、エナジートランジションを達成するための適切な計画を策定することです。マレーシアやインドネシア、タイ、ベトナム、そして日本を含め、ほとんどの国が2050年までにCO2排出量ネットゼロを達成する目標を掲げています。その中には、2030年と2040年の中間目標や、様々なエネルギー構成の目標値を設定している国もあります。例えば、ベトナムでは今年2月に2030年までに太陽光発電の構成比をこれまでの5%から16%まで増やすことを発表しています。

しかしながら、ベトナムの新しいエネルギー政策指針では、2030年までに以前の予想よりも40%多いエネルギーが必要になるという警鐘も鳴らしています。シンガポールを除き、アジアの国々で自国の経済的なニーズを満たすために十分なクリーン電力を導入するための詳細なロードマップを策定できている国はほとんどないのが実情です。

Asia Pacific is the world’s fastest-growing region, but the emissions are rising too.
アジアパシフィックは世界で最も急速に成長している地域であるが、CO2排出量も同時に増加している。

第二に、高い目標を達成するには、十分な規制の枠組みと、減税やインセンティブ、税務上の減価償却、炭素クレジットといった財政支援が必要となります。このような政策が早期に実現され、利用できる期間が長ければ長いほど、それが民間からの投資を促し、新技術の開発や長期に渡る大規模なインフラプロジェクトを創出し、また、その規模の拡大につながります。

政府は産業界や投資家と協力して、それぞれの天然資源と財政の状況に応じて、どのクリーンエネルギー技術を優先すべきか戦略的かつ現実的に考える必要があります。

インドネシア、ベトナム、フィリピンは依然として発電を石炭に大きく依存しており、将来的には再生可能エネルギーへの広範囲な転換を見据えた上で、この安価なエネルギー源を可能な限り長く利用したいと考えています。

ガスへの転換はこれらの国々が検討すべき選択肢の一つです。三菱重工が開発した最新のガスタービンコンバインドサイクル (GTCC) 発電プラントは、十分なベースロード電力を供給しながら、従来の石炭火力発電所と比較してCO2排出量を約65%削減することができます。

シンガポールとタイは、電源の大部分をガスに切り替えており、また、三菱重工が提供する水素対応ガスタービンを設置することで将来にも備えています。当社の大型ガスタービンは、現在でも30%の水素混焼が可能で、2030年以降には水素を100%使用してCO2排出量をゼロにすることを計画しています。

広大な土地と気候に恵まれたオーストラリアでは、太陽光発電と風力発電の開発に力を入れていますが、再生可能エネルギーの余剰電力を利用してグリーン水素を生産し、その水素を海外へ輸出するという試みは水素の製造コストの高さが障壁となり、いくつかのプロジェクトは停滞を余儀なくされています。

サプライチェーンの必然性

ここからは次の論点、クリーンテクノロジーを活用するための、生産から輸送、使用、そしてCO2回収と貯蔵までの適切なサプライチェーンを構築する必然性について述べたいと思います。これは適切な政府支援の下、民間企業が行う仕事になると思います。例えば、三菱重工では、広大なアジア地域をカバーする地域輸送ネットワークの構築に向けて取り組んでいます。

将来、パイプライン、トラック、船の組み合わせで、オーストラリアから日本や韓国まで水素やアンモニアを輸送し、帰りの船ではCO2を積んで戻り、開発済の海底油田に長期貯蔵できるようになることを想像してみてください。

戦略的なゴール、詳細なロードマップ、政策支援、新しいサプライチェーンなど、これらすべての構成要素が整って初めて、クリーンテクノロジーは十分な投資を引き寄せ、規模を拡大し、コスト競争力を持つことができるようになります。

シンガポールは、今後何ができるかを示す好例です。GTCC発電プラントへの早期の大規模投資により、すでに90%以上の電力が、LNG輸入ターミナルと燃料補給施設から供給されるガスで賄われています。このガスは、時間の経過とともに(輸入された)グリーン水素に置き換えられて行くでしょう。

Singapore is among Asia’s leaders when it comes to decarbonization
シンガポールは脱炭素化においてアジア諸国をリードしている

その一方で、シンガポールでは、スペースのある場所では再生可能エネルギーも採用し、市内中心部では地域冷房として高効率のターボ冷凍機を使用しています。シンガポールの廃棄物焼却発電プラントでは、ゴミを燃料として発電を行うと同時に、ごみ処理に必要となる埋立て用地を減らすことができます。最新の電動車両を使用した自動運転新交通システムは、空港や市内で乗客を輸送しています。

競合する優先事項が存在し、かつ資源が限られている国にとって、先行投資と組み合わせた戦略的な予見は大きな挑戦です。しかしながら、このトリレンマの問題を解決することこそが、サステナブルなエナジートランジションを進めるための唯一の方法だと私は思っています。そして、クリーンテクノロジーのリーディングプロバイダーである三菱重工は、アジア各国政府が野心的でかつ実効性も踏まえた現実的な脱炭素化を進めるために、重要な役割を果たすことができると考えています。

菊地 剛彦

菊地 剛彦

三菱重工業株式会社 アジア・パシフィック総代表 兼 インド総代表