生成AI活用により製造現場での暗黙知を形式知化
電力インフラやデータセンター、交通・輸送ネットワーク、自動化工場、低炭素エネルギーなど、社会を支える幅広い分野で、溶接士の需要はかつてないほど高まっています。しかし、雇用主はその人材確保に苦心しています。経験豊富な現場溶接士の多くが今後5年間で定年退職を迎えるため、その担い手を確保することに加え、彼らの知識や技能を若手に伝えることも課題となっています。
三菱重工業 (MHI) とAlgomatic Dynamics(以下AD社)が開発した動画分析ソリューションは、NEDOのGENIAC-PRIZEでも評価された技術であり、人工知能 (AI) を活用しています。知識や技能の伝達を改善し、若い溶接士の技術力をより早期に向上させ、生産性を向上させることを目的としています。
暗黙知の継承という課題
三菱重工総合研究所の堤一也主幹研究員らは、「製造業の現場において、熟練作業者が時間をかけて身につけた技能の多くは暗黙知です」と説明します。「こうした知識や技能は十分に抽出されず、文書などの共有可能な形で残されていません。また、時間をかけて磨き上げ、今では直感的に実践している知識や技能を作業者自身が十分に言語化できないという課題があります。私たちは、これらの一見目に見えない技能を視覚化し、形式知化する方法を見つけなければなりませんでした」。
MHIはAIの専門家であるAlgomatic Dynamics(AD)社と協力して、これまで明確にとらえる事が難しかった技能やノウハウを若い世代の作業者に継承できるようにするため、AIの活用に取り組みました。

暗黙知を解読するためのAIの導入
MHIとAD社は、エネルギープラントからロケットまで幅広い分野を支える基盤技術であるTIG溶接について、熟練者の知識や技能を次世代へより効果的に継承する必要がある技術分野の一つとして位置付けました。
「溶接は、熱によって金属同士を接合する製造業の基盤技術です。その中でもTIG溶接は、高品質な接合が可能な溶接方法として多くの当社製品を支えています。作業者は、トーチで金属を加熱しながら溶融状況を目や触覚で確認し、必要に応じて接合部へ金属材料を追加する必要があります。このように、溶融状況を判断しながら両手で異なる作業を同時に行うため高度な熟練を要し、熟練度の差は品質と作業時間の両方に影響します」と堤氏らは説明します。
基本的なアイデアはシンプルです。熟練技術者と非熟練者がTIG溶接を行っている様子をビデオに録画し、AIを使って両者の違いを分析します。

見えない専門知識の可視化
熟練者ならびに非熟練者の作業動画がアップロードされると、MHIとAD社が開発したAIエージェントが評価のための重要なポイントを抽出します。これらに基づいて、個別解析モジュールが熟練者と非熟練者の違いを視覚化および言語化して特定します。
「技能の差異は、トーチ先端の滞留状況(トーチ先端をどの位置にどの程度の時間保持するか)、トーチ先端の軌跡、輝度分布 (アーク溶接やレーザーを使用するときの光の分布) などに関連しており、言わば“身体知”であり、暗黙知を炙りだすテーマとして適していると判断しました」と堤氏は説明します。
こうして抽出された熟練者の特徴を基準として、技能習得中の作業者の動画を新たにアップロードすると、AIエージェントが熟練者との違いを分析し、その技能レベルを評価するとともに、技能向上に向けた改善ポイントを提示します。これにより、作業者は自分の技術の足りない点を具体的、定量的に理解できるとともに、指導者も作業者の技能上の課題を正確に把握し、効果的な指導につなげることができます。

技量差を埋める技術伝承
「我々のプロジェクトは、熟練作業者が保有していながら、効果的に伝承することが難しかった暗黙知を特定し、形式知化することに成功しました。動画を比較するだけで、これまで言語化が難しかった技能や作業の進め方を捉え、伝承可能な形にすることができました。」と堤氏は言います。
MHIでは、このAIシステムによりTIG溶接の訓練期間を短縮し、溶接士の早期戦力化と生産性の向上につながることを期待しています。また、この動画解析AI活用を、熟練者の身体知に大きく依存する他の作業に適用することも検討しています。
ただし、ここで堤氏らは、AIに過度な期待を抱くべきではないとも指摘します。「動画だけではすべての情報を把握することは難しく、また、AIがすべての答えを提供することもできません。しかし、有意義な洞察を得ることは、それ自体が非常に価値のある成果であり、将来を担う次世代の作業者の育成を支えることにもつながると考えています」。
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