H-IIAロケット、初打上げから20年 その運用を支える「田代試験場」の歴史と未来 ~前編~

2021-10-15
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秋田県大館市の北西部、青森県との県境近くにそびえる田代岳。白神山地に連なる大自然に包まれた山中に、天まで届くかのような轟音が鳴り響きました。

この地には、三菱重工業株式会社(以下、三菱重工)の田代試験場がひっそりとたたずんでいます。1976年の開設以来、日本の基幹ロケットに搭載する液体ロケットエンジンの燃焼試験を1,000回以上も行い、その開発と運用を支えてきました。この日----2021年8月27日にも、来年度打上げを予定している「H-IIA」ロケットの第1段メインエンジン「LE-7A」の燃焼試験を実施。その歴史の新たな一ページを紡ぎました。

H-IIAロケットの運用開始から今年で20年、そして田代試験場の開設から45年。その歴史と未来を、貴重な写真と映像とともに紹介します。

H-IIAロケットの20年

H-IIAロケットは宇宙航空研究開発機構(JAXA)が開発した大型ロケットで、2001年8月29日に試験機1号機の打上げに成功。現在も日本の基幹ロケット----安全保障を中心とする政府のミッションを達成するため、国内に保持し輸送システムの自律性を確保するうえで不可欠な輸送システム----として活躍を続けています。

日本における、大型の実用衛星を打上げるためのロケットの開発は1970年から始まりました。当初は米国から技術を導入して開発しましたが、1994年には機体やエンジンすべてを国産化した純国産ロケット「H-II」の開発、打上げに成功。そして、そのH-IIをもとに、信頼性の向上やコストの低減を目指して開発したのがH-IIAです。

H-IIAの全長は53m、直径は4m。ちょうど新幹線の車両2両分くらいの大きさをもちます。機体はおおまかに、第1段と第2段、衛星フェアリング、そして固体ロケットブースタ(SRB-A)から構成されており、SRB-Aの装着基数を2本ないしは4本、またフェアリングも3種類の中から選択して装着でき、さまざまな質量、形状の衛星の打上げに柔軟に対応できるのが特長です。

また、世界のロケットの中でも大型の部類に入り、打上げ能力が大きいのも特長です。たとえば、地表や温室効果ガスなどを観測する地球観測衛星が打上げられる、地球の高度数百kmを南北に回る太陽同期軌道(SSO)には最大約5.1t、気象衛星や通信-放送衛星が打上げられる静止トランスファー軌道(GTO)には最大約6.0tの打上げ能力をもち、国内外の衛星を宇宙へ送り込むことができます。さらに、月-惑星探査機を打上げることもでき、昨年地球に帰還した小惑星探査機「はやぶさ2」の打上げも担いました。

そして、打上げの成功率、すなわち信頼性が高いことも大きな特長です。2021年9月現在、H-IIAの打上げ機数は43機を数えます。2003年には6号機の打上げに失敗するも、改良により克服。7号機以降は連続で打上げに成功しており、打上げ成功率は97.7%と、世界のロケットの中でも高い信頼性を誇ります。さらに、ロケットをあらかじめ決めた日程どおりにきっちりと打上げる「オンタイム打上げ」率も高く、世界的にも高い評価を受けています。

こうした高い性能や信頼性を活かし、H-IIAは私たちの生活をより豊かに、便利に、そして安全にするとともに、地球の環境問題の調査や、謎に包まれた月や惑星の探査まで、八面六臂の活躍を続けているのです。

2007年には、JAXAから三菱重工へロケット技術を移管。以来、三菱重工が衛星打上げの受注からロケットへの搭載、そして打上げまで責任をもって行う「打上げ輸送サービス」を手掛けています。高い性能や信頼性もあって、韓国やカナダ、ドバイ、英国から衛星の打上げを受注するなど、海外からも引き合いがあります。

さらに2011年度からは、H-IIAの性能をさらに高めるために「基幹ロケット高度化」開発も実施。2015年の打上げから導入し、静止衛星の打上げ対応能力の向上や、衛星搭載環境の緩和、そして地上設備の簡素化を実現しています。

H-IIAロケット概要図
H-IIAロケット概要図

LE-7A

H-IIAの中で、最も複雑で、そして最も過酷な環境で動くことが求められる部品が、第1段メインエンジン「LE-7A」です。

燃料の液体水素は-253℃、酸化剤の液体酸素も-183℃ときわめて低温ながら、エンジンの中でそれらを燃やしたときの温度は3,000℃にも達します。その燃焼ガスを噴射して生み出される推力(パワー)は、LE-7Aたった1基で、ジャンボジェット機のエンジン4基分に匹敵します。

そして最大の特長が、「二段燃焼サイクル」という燃焼方式を採用しているところです。二段燃焼サイクルとは、まず液体水素と液体酸素の一部を燃焼させて、そのガスで強力なポンプを駆動し、タンクからエンジンに推進剤を送り込んで燃やして噴射。さらに、ポンプを駆動させたガスも、残りの液体酸素を加えてエンジンで再度燃焼させて噴射するという仕組みのこと。エンジン各部が高温-高圧になるため、開発も運転も難しいですが、少ない推進剤で効率良く推力を発生させることができる、優れた技術です。

日本は、この極限設計が求められる技術を1980年代から開発。苦難の末、H-IIAの先代にあたるH-IIロケットの「LE-7」エンジンとして実用化に成功しました。この当時、二段燃焼サイクルの実用化に成功したのは旧ソ連(ロシア)と米国、そして日本だけでした。

このLE-7をもとに、信頼性の向上、運用性改善、コスト低減などを目指して開発したのがLE-7Aです。

LE-7、LE-7Aの開発において、角田宇宙センター(宮城県)、種子島宇宙センター(鹿児島県)と並び、田代試験場もきわめて大きな役割を果たしました。とくにLE-7の開発時には爆発をともなうトラブルにも見舞われましたが、技術者は一つひとつ丹念に問題を解決し、LE-7、そしてLE-7Aの開発を成し遂げたのです。

領収燃焼試験を待つLE-7Aエンジン ©️渡部 韻
領収燃焼試験を待つLE-7Aエンジン ©️渡部 韻

領収燃焼試験とは

現在では、LE-7Aの開発はすでに終わり、量産体制に移っています。しかし、量産に移ったあとも、製造したエンジンが正しく組み立てられているか、そして正常に動くかどうかを確認するため、試運転させる燃焼試験が必要となります。この試験のことを「領収燃焼試験」と呼びます。

LE-7Aの製造は、愛知県にある三菱重工の名古屋誘導推進システム製作所を拠点に行います。打上げ予定時期のおおよそ2年前、まず材料の手配から始まり、材料の加工、部品の製造、そして部品単体での試験を経て、組み立てを行います。エンジンの形となったLE-7Aはトラックに載せられ、日本列島を北上し秋田県の田代試験場に搬入。設置作業や各種試験を経て、領収燃焼試験に臨みます。そこで問題なしとお墨付きが与えられると晴れて完成となり、ロケットに組み込まれて宇宙へ向けて飛び立つのです。

田代試験場は田代岳の山中にあるため、たどり着くには険しい山道を上らねばなりません。大部分は未舗装で、落石や路面の凹凸も多くあります。冬にはすべてが雪に覆われ、また違った険しさをみせます。そこを、精密機械のかたまりであるエンジンを乗せたトラックが走る光景は、少し想像しにくいものかもしれません。

また、エンジンだけではなく、エンジンを動かすための推進剤も十数台のタンクローリーで運び込みます。試験に従事する約15人の技術者も、約2週間にわたり、毎日のように上り下りして通勤しなければなりません。

2021年8月27日に行われたのも、来年度打上げを予定しているH-IIAに搭載するLE-7Aの領収燃焼試験でした。約2年間にわたる製造と組み立ての成果が現れるリハーサル----ある意味では本番より重要な瞬間を迎えたのです。

16時16分、エンジンから赤い炎が吹き出し、轟音とともに燃焼を開始。筆者はこのとき、約400m離れた場所にいましたが、思わずたじろぐほどの音と熱風が全身を叩き続けました。

そして燃焼開始から50秒後、エンジンは予定どおり燃焼を終了。試験前はややこわばった表情だった関係者からも笑みがこぼれました。

エンジンはこのあと、組み立てを行った名古屋誘導推進システム製作所に戻り、整備を実施。そして三菱重工 名古屋航空宇宙システム製作所の飛島(とびしま)工場へと運ばれ、ロケットの機体に組み込まれたうえで試験を受け、打上げを行う種子島宇宙センターへと出荷されます。そこでロケット全体を組み立て、そして最終的な試験を経て、打上げに臨むことになります。

【動画】2021年8月27日に行われた、LE-7Aエンジンの領収燃焼試験の様子

H-IIAロケットと基幹ロケットの今後

日本の基幹ロケットとして活躍を続けるH-IIAですが、2023年度の50号機をもって引退する予定となっています。そのあとは、H-IIAの後継機としてJAXAと三菱重工が開発中の「H3」ロケットがその任を受け継ぎ、引き続き日本の自律的な宇宙輸送を担っていくことになります。

H3はH-IIAよりも大型化し、機体の構造やエンジンも大きく変わっており、H-IIAよりも衛星をより効率的に、またより大きく重い衛星も打上げられるようになります。

H3はまた、国際競争力の強化という目標も掲げています。H-IIAも優れたロケットでしたが、為替の変動や、米国企業による低価格なロケットの登場などで、商業打上げ市場では苦戦を強いられています。H3では信頼性の向上や徹底した低コスト化などにより、商業打上げ市場でも戦えるようにすることを目指しています。商業打上げによってロケットの打上げ数が増えれば、さらなる信頼性向上やコストダウンが望め、日本の宇宙輸送の自律性をさらに強固なものにすることにもつながります。

田代試験場も開発の重要な舞台となり、第1段メインエンジン「LE-9」や、第2段エンジン「LE-5B-3」の開発における燃焼試験を行いました。現在、すでに田代試験場で行うエンジン開発試験や機体システム試験はすべて完了しており、開発はクライマックスを迎えています。初打上げは2021年度中の予定です。

H-IIAの運用はまもなく終わりを迎えますが、その開発と運用を通じて得られた技術と知見は、H3の血となり肉となりつつあります。H-IIAがあったからこそ、次世代のロケットには何が必要なのかという狙いや目的を定めることができ、そしてH-IIAで鍛えられた技術者たちの経験、新しい世代の技術者への伝承によって、H3はまもなく産声をあげようとしています。

H-IIAの20年、田代試験場の45年、そして携わってきた技術者たちの歴史は、いま未来へと受け継がれつつあります。これまで培った技術と、それを巧みに扱う技術者たちの営みは、これからも地球と人類にとって明るい未来の実現に貢献していくことでしょう。

領収燃焼試験で使う制御装置を背景に立つ、エンジン試験隊長の麻生 浩さん(中央)、H-IIAロケット プロジェクトマネージャー(PM)の矢花 純さん(左)、エンジンプロジェクトエンジニア(PE)の瀧田 純也さん(右) ©️渡部 韻
領収燃焼試験で使う制御装置を背景に立つ、エンジン試験隊長の麻生 浩さん(中央)、H-IIAロケット プロジェクトマネージャー(PM)の矢花 純さん(左)、エンジンプロジェクトエンジニア(PE)の瀧田 純也さん(右) ©️渡部 韻

※ 取材は新型コロナ感染症に十分配慮して行いました

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鳥嶋 真也

宇宙開発評論家、宇宙開発史家。宇宙作家クラブ会員。宇宙開発や天文学における最新ニュースから歴史まで、宇宙にまつわる様々な物事を対象に、取材や研究、記事や論考の執筆などを行っている。新聞やテレビ、ラジオでの解説も多数。