ヒューマンキャピタリズム ―三菱重工会長が語るネットゼロ達成に向けた考え方

2022-03-09
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気候変動対策の重要性と緊急性は、今日、地球規模での共通認識となりました。しかし、温室効果ガス排出量のネットゼロを実現するための具体的な方法や、そのために必要となるコストの分配に関しては、依然として国家間の認識に大きなズレがあります。

残念なことに、私たちの暮らす世界は、価値観が二極化しており、これが文化間、地域間、さらには世代間などで多くの対立を生んでいます。その結果、お互いへの信頼は薄れ、気候変動対策の進捗を遅らせるばかりでなく、他の社会的・政治的課題にまで波及してしまうのです。

そこで重要な役割を担うのが、民間企業です。企業は時として政府よりもスピード感を持って対応することができます。また、地域社会のニーズをより深く理解していることに加え、関係企業や地域を巻き込んで、事業の成功のために日々、最善な方法を検討してきた豊富な経験を活かして、それぞれのコミュニティが単独で取り組むよりも、多くのリソースを効果的に投入することができるのです。

気候変動に関しても同様で、政府だけではスムーズにいかない部分があると思われます。実際、世界130以上もの国々で、2050年あるいはそれ以前までにネットゼロエミッションを達成するという素晴らしい目標が掲げられていますが、その実現に向けて詳細なロードマップを定められている国は、ほとんどありません。

国際エネルギー機関(IEA)によって「二酸化炭素(CO2)排出に関する最も現実的な四つの道筋」が定められていますが、昨年11月にグラスゴーで開催されたCOP26サミットの新たな誓約をすべて実行したとしても、地球の気温は、2050年までに産業革命以前のレベルより少なくとも1.8℃上昇すると言われています。さらに、もしこの約束を実行できなければ、気温は2〜3°C上昇し、地球に壊滅的な影響をもたらす可能性すらあると言います。

世界各国のカーボンニュートラル達成目標 画像:Visual Capitalist
世界各国のカーボンニュートラル達成目標 画像:Visual Capitalist

企業が技術開発を主導する

一方、民間企業では実証済みの技術に着目し、その拡大のために資本を導入することで、小規模ではあるものの、ネットゼロに向けてきわめて現実的な取り組みを進めています。中でも、下記の3つの分野は、IEAのロードマップにおいて優先項目とされており、COP26サミットでも大きな注目を集めました。

●既存インフラの脱炭素化。例えば、公益事業において、石炭や石油からよりクリーンな天然ガスへの転換を支援し、最終的にはアンモニアや水素のような炭素を含まない燃料への転換を支援

CO2回収-利用-貯留技術(CCUS)の規模拡大と、産業界におけるCO2回収から輸送-貯留-利用までのバリューチェーン構築

●エネルギー、産業、長距離輸送の各部門における、生産、輸送、貯蔵、複数の利用先をつなぐ水素エコシステムの構築

三菱重工もこれらの分野の研究開発に、日々取り組んでいます。お客様と密に連携してニーズを把握し、サプライヤーにも投資を促しています。また、成果をあげるためにはパートナーシップが不可欠であると考え、かつての競合企業や、新興企業、業界団体、学術機関との連携も進めています。こうした連携先と信頼関係を築くためにはオープンな姿勢が必要です。もちろん会社の利益を確保するため知的財産には配慮しますが、以前よりパートナーと自社技術について情報を共有しています。その良い例として、最近、ノルウェーの第三者機関で行われた、CO2吸収液の実証試験が挙げられるでしょう。

COP26で発表された気候変動に関する誓約が実現されれば、2100年までの地球温暖化は+1.8°Cに減速する可能性がある 画像:IEA
COP26で発表された気候変動に関する誓約が実現されれば、2100年までの地球温暖化は+1.8°Cに減速する可能性がある 画像:IEA

ヒューマンキャピタリズムを目指して

私たちが、オープンな姿勢や協業、信頼をここまで重視する理由は2つあります。それは、技術開発における課題をより迅速に解決するため、そして、多くの人々に(共感できる)成功の実例を示すためです。

私にとって企業とは、社会に深く根ざした存在であり、また社会全体の幸福と進歩のために機能すべき存在です。つまり、闇雲に利益だけを追うのではなく、自社の取り組みや商品が、人々の行動や考え方、ひいては社会全体にどのような変化をもたらすのかを強く意識しなければならないのです。逆に私たちが、顧客やサプライヤー、従業員、投資家、および地域社会全体から影響を受けることも忘れてはなりません。両者の関係は、一方的なものではなく、互いに影響を及ぼす相互的なものなのです。

昨今の「ESG」あるいは「サステナビリティ」と呼ばれるものは、その象徴と言えるかもしれません。私はこのような考え方を「ヒューマンキャピタリズム」と呼ぶ方がふさわしいと思います。

この言葉は、新しい考えではなく、また日本だけで生まれたものでもありません。英国・米国流の資本主義が先進国経済を支配して以降、最近まで支持されてきませんでしたが、日本の哲学や考え方とは相性が良いと私は確信しています。日本では以前より、経済の急速な成長よりも、安定と調和が重視されてきました。これは日本のように他国・他文化との交流が少なく、比較的安定した社会だからこそ成り立っていたものです。例えば、江戸時代の日本と、ローマ帝国の無秩序な崩壊を比較してみれば、わかりやすいでしょう。

しかしながら、今日の相互に接続された世界は、素晴らしいことに世界規模でヒューマンキャピタリズムを目指すことができるはずです。また、世代を超えての実現も可能です。そのためにも特に若者のニーズにもっと注意を払うべきです。人間の命は限りがありますが、社会が滅びることはありません。自分のこと、「今」のことばかり考えているようではいけないのです。

では今、私たちは何をするべきなのか。それは、コミュニケーションを取ることです。ステークホルダーの方々に向けて、すでに私たちが実行したこと、これからの計画、そしてそれらがどのように人々に影響するのかをきちんと伝える。厳しい質問に向き合い、的確な批判を受け入れ、対応しなければなりません。このオープンな姿勢が、ステークホルダーの信頼を取り戻し、共通の目標に向けての取り組みを加速させる。とてもシンプルな好循環なのです。

当社を含めダボス会議(※世界経済フォーラムが主催する年次総会で、2022年は5月に開催予定)に参加するすべての人々は、よりよい世界を作るために自らの責任を改めて認識し、その役割を果たす覚悟を持たなければなりません。その先にこそ、世界が一丸となり、地球温暖化を食い止める未来が待っていると私は信じています。

宮永俊一

宮永俊一

三菱重工 取締役会長

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