GXセグメント:三菱重工の脱炭素化への取り組み

2024-12-04
Dr. Hitoshi Kaguchi

三菱重工業(MHI)は、今年の4月に当社のエナジートランジション事業を推進するGX(グリーントランスフォーメーション)セグメントを新設しました。これは、世界の脱炭素化に貢献するという当社の決意を表すものであり、また、これまでの取り組みを更に加速させるためには当然の流れでもありました。

当社は、長年、脱炭素事業に取り組んでおり、幅広い関連技術と経験豊富な人材を世界中に有しています。一方で、お客様向けに一元化された窓口がないという課題もありました。

そこで、複数部門に別れていた脱炭素関連の窓口一本化を目的の一つとしてGXセグメントを設立しました。GXセグメントは、2,600名で構成されており(三菱重工グループ社員数:約8万名)、脱炭素に関連する複数の事業部門から集まったメンバーが、それぞれが精通する製品・サービスを軸に事業に携わっています。また、彼らの豊富な経験を背景に、ドメイン/セグメントの枠組みを超えた連携を図ることで、社内の横の繋がりをさらに強化することが可能となりました。

特に、当社の成長領域であるCCUS、水素・アンモニアバリューチェーンに関しては、当社グループの専門的な知見を統合し、お客様毎の異なるニーズに合わせた、最適な脱炭素化ソリューションの検討や提案を行っています。

また、GXセグメントは、お客様だけでなく、技術パートナー、研究機関などの、新たな社外パートナーの連携にも積極的に取り組んでいます。その一例として、CO2回収事業においてはエクソンモービル、サイペム、SBMオフショア、千代田化工建設といった企業と新たにパートナリング関係を結びました。このようなパートナリングの拡大は、2030年までに脱炭素事業で新たに3,000億円(20億米ドル)規模の売上を実現するというGXセグメントの目標を後押しするでしょう。

1. 急速に進展するCO₂回収のトレンド

排ガス源からのCO₂回収、また回収に留まらないCCUS(CO₂の回収・利用・貯留)は、近い将来、より成長する分野になると予想しています。課題や批判もありますが、2050年までにネットゼロを達成するには、CCUSの大規模な適用が必要であることに疑いの余地はありません。国際エネルギー機関(IEA)やマッキンゼーなどの試算に基づく当社の予測では、脱炭素化が急速に進み、CO₂回収以外のあらゆる方法でCO₂排出量を削減したとしても、2050年時点で、依然として世界で年間約7.6ギガトンのCO₂が残り、それを回収する必要があります。

製造業や電力会社を含むエネルギー関係企業は、スコープ1と2の排出量を削減するようステークホルダーから求められており、CCUSを現実的な選択肢と考えはじめています。特に、再生可能エネルギーやグリーン水素がすぐには抜本的な解決策にならないとの理解が進むにつれ、さらにこの傾向が強まっています。

その結果、当社におけるFS(フィージビリティ・スタディ)やFEED(フロントエンド・エンジニアリングデザイン)の実施件数はここ数年で倍増しており、鉄鋼メーカーのアルセロール・ミタルセメントグループのハイデルベルク・マテリアルズといった顧客と、すでに世界中の多くの施設でCO₂回収技術の実証試験に取り組んでいます。

この技術を、世界が必要とする規模にまで拡大して適用するには、事業性のあるカーボンプライシングや長期間にわたる政府のインセンティブが欠かせません。それらの支援があって初めて、民間企業は、現在計画段階にある多くのCO₂回収プロジェクトをFID(最終投資決定)に進めることができるからです。

MHI’s large scale CO2 capture technology can remove more than 95% of the greenhouse gas
三菱重工の大規模CO2回収技術は、CO₂を95%以上除去可能

FIDに進む案件が増えてくれば、間違いなく三菱重工は重要な役割を担うことになります。なぜなら、当社は燃焼後のCO₂回収技術において、世界トップシェアの実績を誇るリーディングカンパニーだからです。今後、更なる事業の拡大を目指す為にはパートナー企業との連携がますます重要となります。例えば、千代田化工建設と協業契約を締結したように、社外パートナーへの技術ライセンス供与により需要拡大が見込まれる市場への対応力の強化を図っています。さらに、当社のCO₂回収技術をエクソンモービルの輸送・貯蔵能力と組み合わせることにより、上流から下流までを網羅するCCSバリューチェーンを構築することも目指しています。

2. クリーン燃料バリューチェーンの構築

バリューチェーンの開発は、水素・アンモニア事業の拡大においては欠かせません。これらは未来のクリーン燃料であり、最終的には製鉄業界やセメント業界などのHard-to-abateと言われる産業部門の脱炭素化に重要な役割を果たすようになるでしょう。また、それとともに、持続可能な航空燃料(SAF)や船舶・トラック向けのe-メタン、e-ディーゼルを通じて長距離輸送の脱炭素化を実現する助けになると考えています。

しかし、再生可能エネルギーから作られたクリーンな水素が普及するまでにはまだ時間がかかります。水素は、一時はクリーンエネルギーとして大変注目を集めていましたが、現在ではその勢いは衰えたように感じます。今後は普及に向け、より現実的な議論に発展するのではと考えます。

Building a hydrogen value chain will help decarbonize key industrial sectors
水素バリューチェーンの構築は様々な産業部門の脱炭素化に役立つ

水素の価格が、材料費や労務費のインフレと、データセンターのような新たな電力需要の増加によって、実質的に上昇していることは、純然たる事実であり、水素製造のスケールアップに行き詰まりが生じています。

三菱重工の経営陣は、以前から水素に対する世間の過度な期待に同調することはありませんでしたが、現在は逆に、悲観的になりすぎないように業界関係者にアドバイスしています。事実、世界の再生可能エネルギーの生産量は急速に増加し続けており、電解槽の生産能力も拡大しています。また、グリーン水素製造プロジェクトは中東や中南米などの地域で定期的に発表されています。

この行き詰まりを打開するために最も必要なのは政府の支援です。例として、ドイツのH2グローバルをあげたいと思います。彼らは公共部門のオフテイカーとして、グリーン水素を購入することにより、プロジェクトの資金調達を担保しています。また、CfDs(差金決済取引)の利用は、金融市場の資金力を活用する方法であり、日本や韓国で試行されています。より多くの資金が投入されれば、2030年代には生産が大幅に拡大することになるのではと期待しています。グリーン水素がネットゼロの達成に大きく貢献するために、まだ時間は残されています。

3. 未来のための解決策

三菱重工グループやGXセグメントでは、2040年の「MISSION NET ZERO」の達成に向けて、既存製品の改良や新製品の開発を継続し、お客様や世界の脱炭素化に貢献していきます。

私が自身のキャリアから学んだことは、技術やエンジニアリングスキルを適用しただけでは、完全な答えは得られないが、少なくとも解決策の一部にはなる、ということです。技術に過度の期待をすべきではありませんが、技術がなければ、人類は大きな進歩を遂げることはできません。

だからこそ、三菱重工グループは、今後も技術と経験を活かし、現実的な視点を忘れることなく、しかし同時に未来に繋がる展望を持って、重要な社会課題の解決に挑み続けます。

加口 仁

加口 仁

三菱重工業株式会社代表取締役副社長執行役員 兼GXセグメント長