ネットゼロに向けて:脱炭素化と経済成長・エネルギー安定供給のバランス

2022-06-07
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2022年3月に米国ヒューストンで開催された、エネルギー関連の国際会議「CERA Week」。世界中から名だたる企業の代表者が集まる中、私も参加者の一人として現地に足を運びました。現地では、COVID-19への対応として、5,000人の参加者がソーシャルディスタンスの確保とマスクの着用を徹底しながら、各企業の方々と活発に交流が行われていました。コロナ対策と貴重な交流の機会、どちらかを切り捨てるのではなく、その両方を大切にしたいとみんなが感じていたのでしょう。これは、これから私がお話しするエネルギーの課題にも通じる考え方かもしれません。

CERAWeekの重点テーマ

今年のCERAWeekのテーマは、「エナジートランジション」。2050年の二酸化炭素(CO2)排出量ネットゼロを達成するためには、エネルギーシステムをどのように転換していくべきなのか。世界は早急に、その道筋を立てる必要があります。最近の地政学的事象やエネルギー価格の高騰を踏まえても、化石燃料への依存からの脱却と、CO2の排出量削減が喫緊の課題であることは変わりません。しかし、近年のこうした兆候から改めて認識できた事実もあります。それは、長期的な視点で脱炭素化を進めていくためには、エネルギー安全保障を確保し、経済を滞りなく回して日常生活を守る、この2点を無視することはできないということです。目標の達成に向けて、脱炭素化-経済成長-エネルギーの安定供給というすべてをバランスよく網羅できる方法を考えなければなりません。言い換えれば、良いアプローチというのは、これらのバランスがうまく取れていると言えるでしょう。

例えば、米国のようにエネルギーシステムを段階的に転換する方法は、ひとつの成功例だと考えられます。具体的な流れとしては、初めに石炭を天然ガスに置き換え、CO2の排出量を大幅に削減する。次に天然ガスの代用として、ガスの熱分解とCO2回収技術で生成されたブルー水素を使用する。最終的には、再生可能エネルギーを利用して生成されたグリーン水素へと切り替えていく。この方法であれば、経済活動に過度な負担をかけることなく、エナジートランジションを実現することができます。

エナジートランジションをやり切るまでに時間がかかります。性急に進めてしまえば、むしろ目標の達成を遠ざけることになります。これは、2022年3月17日の地震で、東京周辺の発電所が停止し、大規模な停電が起こりそうになったことを思い出せば明らかでしょう。

エナジートランジションに必要な準備

ヒューストンで各国の方々と話した中には、進歩の兆候を見ることもできました。それは、米国をはじめとした世界の石油-ガス業界でなされた英断です。具体的には、現在のエネルギー価格の高騰によって生じた大きな利益を、株主に還元するのではなく、エナジートランジションに投資することでネットゼロ達成を促進するというものでした。全世界が2050年までにネットゼロを達成するために必要な投資資金は、マッキンゼーによれば、275兆ドル(現在の計画よりも年間約1兆ドル多い値です)。この莫大な費用も、調達可能と考えられています。

したがって現状、エナジートランジションに必要な原資面での懸念は、あまりありません。しかし、それでも対応を考えなければならない課題はあります。それは、具体的なプロジェクトと詳細な事業計画です。特に、水素とCO2のそれぞれに対して、生産(CO2であれば回収)、輸送、取引、貯蔵、利用にまたがるエコシステムを構築するための道筋はまだほとんど見えていません。エコシステムを実現するための技術は、すでにほとんど揃っているにも関わらず、です。必要なのは、プレイヤーの行動を規定するような規制、もしくは税控除等のインセンティブです。これらは予測可能性を与えることで市場成長を助けます。これらが整備された環境があれば、投資家のお眼鏡にかなうプロジェクトが続々と生まれ、ネットゼロへの歩みが加速することでしょう。

柔軟なルールが脱炭素化を加速する

先ほど述べたようなネットゼロを推進する基準は、もちろん公正でなければなりません。しかし、そのルールが世界共通である必要はないでしょう。実際には、策定までのスピードを速めるためにも、また、各国における脱炭素化の進捗状況に合わせるためにも、地域あるいは国レベルで基準を細分化するべきです。

そして、各国政府は地域ごとに最適な基準を策定する上で、その地域のエネルギー事情に精通する民間企業や他の利害関係者に協力を仰ぐ必要があるでしょう。その重要性に関しては、インドネシアで開催されているB20(G20ビジネスサミット)において、三菱重工グループの泉澤清次CEOと私が他のビジネスリーダーの方々とともに今まさに議論しています。

政府に対するこうした熱心な働きかけの甲斐もあってか、民間企業と政府が意見を交える機会は増加しました。しかし、地球規模でのネットゼロ達成という壮大な課題を解決するためには、より一層の努力が双方に必要であると感じています。例えば、炭素取引制度や炭素の適正な価格設定に関しては、多くの意見が交錯している現実があり、取り組むべき課題はまだまだあります。

また、社会で今後起きうる問題にも備えなければなりません。2050年が近づくにつれて、CO2排出量を削減する緊急性が今以上に増し、経済活動にも影響が生じると予想されます。消費者は、製品-サービスの選択肢の制限や価格の上昇、あるいはその両方に苦しめられることとなるでしょう。中には、昨今の証券市場で話題となった「グリーニアム」のように、たとえ割高であっても環境に優しいエネルギーや製品を選ぶという方もいらっしゃるかもしれませんが、私自身は欧州の一部地域以外では、そのような方にあまり出会えていません。日本でも同じくです。もしかしたら日本の場合は、台風や洪水などの自然災害が頻繁に起きるため、かえって長期的な視点で気候変動の影響を考える機会が少ないのかもしれません。

気候変動対策への社会の理解を促進するために、政府だけでなく私たち企業にも役割があると考えています。企業は、従業員、サプライヤー、お客様が情報を得て自ら学んでいくことができるように、働きかける必要があります。私たちは、エネルギーの安全保障と経済の安定とのバランスをとりながら、一歩一歩前進していかなければならないのです。

エナジートランジション専用サイトCO₂エコシステムの実現に向けた取り組みはこちら

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加口 仁

三菱重工 取締役常務執行役員 CSO兼ドメインCEO、エナジードメイン長

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