核融合は無限のゼロエミッションエネルギーを生み出せるか

2020-06-11
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核融合は長い間、未来のエネルギーとして期待を集めてきました。太陽で起きている核融合反応を地球上で再現すれば、温室効果ガスを含まない再生可能エネルギーを無限に生み出せる。こうした考え方は古くからSF作家たちを魅了してきましたが、科学的には未だ実現されずにいました。

しかし、現在、この考え方に基づく複数のプロジェクトが、重要な局面を迎えています。核融合は、世界が求めるゼロエミッションエネルギーの切り札となっているのです。

地球上に、太陽を再現する

近未来的なイメージをも秘めた「核融合」。しかしその歴史は、地球よりもはるかに古く、生命も核融合なしで発展することはできませんでした。

ビッグバンによる宇宙誕生後、水素が集まり太陽のような星が形成され、これらの星は核融合によってエネルギーを得ていました。星の中心部では、強い重力と摂氏1,500万度という温度により、超高温ガス、すなわちプラズマが生成。これにより、水素原子同士が衝突して合体し、より重い元素であるヘリウムが誕生します。この過程の中で大量のエネルギーが、光と熱として放出されました。

こうした太陽中心部の状態を地球上に再現することは非常に難しく、核融合エネルギーは長い間、科学と工学にとって、見果てぬ夢だったのです。

国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構(QST)でITERプロジェクト部長を務める杉本誠氏は以下のように語ります。

「核融合は科学的・技術的に非常に複雑で、実現までは長い道のりです。複雑なプラズマの挙動を明らかにするためにプラズマ物理学の研究を深める必要がありますし、核融合を実現するために必要な温度、密度、および"閉じ込め時間"をクリアするための工学的な課題もあります。」

しかし、その一方、核融合はエネルギー源として魅力的な将来性を持ち続けている、と同氏は続けます。

「核融合炉は故障やエラーが発生すると停止する仕組みなので、原理的に安全です。核廃棄物を発生させることもありませんし、燃料は海水から得られるため、事実上無尽蔵です。核融合は、再生可能エネルギーとは技術的に異なりますが、本質的には同じと言えるでしょう。」

星の中心部の状態を再現するという難題
星の中心部の状態を再現するという難題

現在の技術開発

核融合炉では、重水素とトリチウムという水素同位体を使用します。現在の実験環境では、この2つが最も効率的な核融合を起こすことが分かっています。

重水素は海水から容易に抽出することが可能で、すでに多くの科学・工業の現場で使用されており、インフラ整備も進んでいます。トリチウムは、リチウムとの接触により生成されますが、リチウムもまた、海水から抽出することが可能です。核融合炉の内部の壁は、リチウムを含む「ブランケット」という装置で覆われており、核融合のプロセスに応じて、トリチウムを増殖させることができます。

太陽エネルギーを地球で再現する核融合炉には、極めて高度な技術が要求されます。この難題を実現に近づけるためには、多分野での科学的進歩が必要となります。

前述のQST・杉本誠氏は「核融合を実現するためには、超伝導、高真空、低温工学などの分野で、革新的な技術を開発していく必要がありました」と述べています。技術革新には長い歳月を要するため、核融合は簡単には実現できずにいたのです。

世界最大のトカマクが南フランスのITERに建設中
世界最大のトカマクが南フランスのITERに建設中

トカマク型核融合炉

現在、"トカマク型"と呼ばれる核融合炉が最も広く使われていますが、これは驚くべきことに、1950年代から60年代にかけてロシアで開発されたものです。その構造特徴を示す「磁気コイル付きトロイダル容器」という言葉のロシア語表記を短縮し、トカマクと呼ばれるようになりました。

トカマクはドーナツ型(トロイダル型)の真空容器で、超強電磁場を利用して、重水素とトリチウムの混合燃料から生成された超高温プラズマを、摂氏1億5,000万度~3億度の温度で維持し、閉じ込めます。

現在進行中のITER核融合研究・技術プロジェクトでは、世界最大のトカマクを南フランスに建設中です。このトカマクの閉じ込め磁場を確立するため、三菱重工業株式会社(以下、三菱重工)が設計した強力な超伝導磁石が使用されています。重量300トン以上、高さ約17メートルに及ぶ、18基のトロイダル磁場コイル。ITER計画の一員であるQSTに提供したこの磁石は、これまで製造された中で、最大かつ最も強力な超伝導磁石です。

三菱重工のITERプロジェクト責任者・井上雅彦氏はこの磁石について、「数千トンの電磁負荷、そして極端な温度差に耐える性能が必要」と述べています。

ITER核融合炉の温度は、太陽中心部の10倍に達する摂氏約1億5,000万度から、ほぼ絶対0度までの範囲。この極端な温度差に耐えうるように、新たなステンレス鋼の開発と、厚さ最大40センチメートルの構造物を溶接する新技術が必要でした。

こうした厳しい性能が、トカマクの上部構造や、それを支えるインフラの大部分にも求められる、難易度の高いプロジェクトでした。

ITERのトカマク複合建屋は、重量40万トン、高さ80メートル、長さ120メートル、幅80メートルの巨大な建物になる予定です。7階建てのこの構造物には、核融合炉の運転に必要な30以上のプラントシステムが収まります。

巨大なITERのトカマク複合建屋
巨大なITERのトカマク複合建屋

世界中で進展する核融合プロジェクト

ITERは、国際共同実験の構想が開始して約40年後となる2025年12月に「ファーストプラズマ」、すなわち核融合炉稼働開始を予定しています。

欧州ではこれまで、28カ国が参加する共同プログラム(Eurofusion)が進められてきました。その一部であり、1983年からトカマクを運用する英国の欧州トーラス共同研究施設(Jet)から、ITERが核融合開発を引き継ぐことになります。

トカマクの技術を活用した核融合プロジェクトは、米国や中国を含む世界中で進められています。世界原子力協会によると、2030年には中国で核融合工学試験炉(CFETR)が完成予定。ITERより大きい核融合炉になると報告されています。また、トカマク以外にも、ステラレータや慣性閉じ込め炉など、異なる核融合技術を用いた研究炉の開発も進められています。

ITERは、その規模もさることながら、莫大な正味エネルギーを生み出す初の核融合炉です。人類にとって、大きな一歩となることは間違いありません。

ITERが目指しているのは、わずか50MWの入力から、500MWの出力を得ること。これは、小型核分裂プラントが生成するエネルギーに匹敵します。およそ10倍のエネルギー投資収益率となりますが、ITERはこのエネルギーを「電力」としては回収しません。実験装置として、原子炉構成要素に関する重要な技術情報を各分野へ提供する予定です。

QSTの杉本氏はこう述べます。

「ITERの成功が直ちに核融合発電所につながるわけではありません。次のステップは、実証炉"DEMO"での発電実証です。商用核融合炉が稼働するのは、今世紀半ばごろになるでしょう。」

各国政府主導のプロジェクトのほか、"Tokamak Energy"や"First Light Fusion"など、英国の民間研究所2社をはじめとした、商用核融合炉プロジェクトもすでに動き出しています。フィナンシャル・タイムズによると、両社は2030年までの核融合炉完成、商業化を目指しています。

いずれにせよ、かつてはSFだった核融合が可能となり、「ネットゼロエネルギー」の世界が実現するには、まだクリアしなければならない課題も残っています。ITERのウェブサイトには、核融合史研究の重鎮であるロシア人学者レフ・アルツィモビッチの以下の言葉が記されています。

「社会が必要とするときに、核融合は実現される」

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アンドレア・ウィレッジ

コミュニケーションのプロフェッショナルとして20年以上活動。テクノロジー、エネルギー、エンジニアリング関連など、多数の一流企業のコンテンツを制作。

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